階段を上がり、下りる。
以前にも書いたことがあるのだけれど、気持ちが参っているときに、階段を下りると、奇妙なテンポが生まれることがある。タッタッタッと自重に任せて階段を下りる。すると、自分の歩くテンポとは別に、勝手に体が下りていく感覚になってしまうのだ。
あんなに嫌なことがあったのに、あんなに辛いことがあったのに、テンポよく階段を下りてしまうと、不思議と気持ちを楽になる。そして、そんな気持ちを味わいたくて、わざと長い階段を見つけては下りてみたりする。
階段っておもしろいなあ、と考えているときに、ふと思い出したことがある。大好きな映画監督ホン・サンスのことだ。ホン・サンスの映画には階段がよく登場する。最新作の『Walk UP』も4階建ての小さなマンションの階段を登場人物たちは上がったり下がったりしている。
ホン・サンスにとって階段とはなんだろう。ホン・サンスの映画の登場人物たちは、階段をひとつ上がってはちょっと幸せになったり、困ったことになったりする。上か下は関係なく、どうも階段は、別の世界へ移動する装置のように見える。
だとしたら、僕が階段を下りながら楽しい気持ちになるのは、別の世界へ連れて行かれそうになっている期待感なのかもしれない。いや、だとするとどこまでも連れて行かれて、戻れなくなるかもしれない。まあ、それはそれで幸せなのかもしれない。
そんなことを考えていたら、同じホン・サンスの作品で、主人公の女性が部屋の中の階段を上がったり下がったりする場面があることを思い出した。いまタイトルは思い出せないし、なぜ急に女性が階段をあがり始めたのかも覚えていないのだが、その女性は最初、辛そうに階段を下り、上がりを繰り返している。でも、そのうち、彼女がちょっと笑うのだ。そう、僕と同じように。
ああ、そうか。階段は生と死をつなぐメタファーなのかもしれない。そんなことを考えてしまって、ここしばらくなるべく外ではエスカレーターやエレベーターを使うようにしている。
植松さんのウェブサイトはこちらです。お問合せやご依頼は下記からどうぞ。
植松事務所
植松雅登(うえまつまさと): 1962年生。映画学校を卒業して映像業界で仕事をした後、なぜか広告業界へ。制作会社を経営しながら映画学校の講師などを経験。現在はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクターとして、コピーライティング、ネーミングやブランディングの開発、映像制作などを行っています。