「なまじっかな言葉も、浅はかなコメントも、関係の潤滑油」。名言だからシェアする!
若いころは、自己主張のちゃんとできる人間になりたくて「ああ、今日もダメだった」とか「また妥協したよー」とかよく落ち込んでいました。大人になり、少しは人間観察ができるようになると、自称「ズバリ言うわよ」型サバサバタイプに、案外「悪口好き」が多いことに気づき、「そんなにキッパリ言えなくてもいいか」とも思うようにもなりました。
そんな具合に自分の「曖昧でちゃんとしていないところ」と折り合いをつけてきたわけですが、悩みを打ち明けられたときや、相手を思いやるときの言葉の軽さというか、テキトーさは何とかしたいと思いつづけてきたし、いまも思っていないわけじゃありません。
ただ、どんなに親しい友人でも自分以外の人の不幸や苦悩は、どこか「他人事」なのも事実で、サービス精神や勇気づけたいという思いが先走れば先走るほど、言葉が上すべりして軽くなっちゃうことがあるんですよね。
・・・なんてことをつねづね思っていたら、この「どうする?Over40」のメーリングリスト上に月亭つまみさんのこんな文章が流れてきました。ある人の書いたメールに対する返信なんですが、
なまじっかなことを言えない・・と思いかけましたが、きっとそうじゃないんですよね。
とにかくどんなことでも本人以外はきちんと理解なんてできないんですよね。
それでも人は励ましたり、叱咤したり、共感したり、時に故意に突き放したり、
とにかく知り合った以上、関係性を持って生きている。
なまじっかなことを言う、浅はかなコメントをする、
も関係性の潤滑油でもあると思うのです。
だって、関係性をぶった斬るのは無関心だけだから。
無関心ではないと表明するために、なまじっかなことを言っちゃいます。
うわ、と思いました。大人になるってこういうことなんじゃないか、と思いました。つまみさん、すごいぞ。
「なまじっかなことを言う、浅はかなコメントをする、も関係性の潤滑油」…なるほどなあ。なまじっかなこと言っているなあと思いつつ、相手に言葉を送る。そのちょっとした後ろめたさや居心地の悪さを引き受けるのも、関係を結び続けたいという意志の表明でもあるんですよね。というか、後ろめたさや居心地の悪さを自覚してない励ましの言葉のほうが重たいだけで迷惑かもしれない。
「どうする?Over40」のメーリングリストには、たまに、こういう名言が出現するので、われながら「得してるなあ」と思います。
今日は、そんなウェブマガジンのバックヤードで交わされたおしゃべりをそのまま掲載した 「メルマガ★おしゃべり詰め合わせ」を配信しました。 今回のテーマは、「東京都議会の「セクハラヤジ問題。やっぱり熱く語ってしまいました」。 こちらからバックナンバーが読めます。 |
メーリングリストでは、じじょうくみこさんの
「喜びも悲しみも、感情はマーブル状」って言葉も、最近のヒットです。
★今日は、mityさんのミラノからのレポート
「人生なめてんのか」ってくらい長い南欧のバカンス。スーパーはがらーん、家でだらーん。」
も公開されています。リアルなバカンス事情が面白い。
mityさん、連載もあと1回を残すのみです。質問や感想もお寄せくださいね♪