(1)虫がうごめきだした
大きな水槽に、とても大きな虫がいる夢を見た。風呂桶ぐらいの水槽に、水槽と同じサイズぐらいの虫が一匹いて、みっちりと収まりながら、うごめいている。
電話が鳴っている。深夜なのに何回も。こんな時間に連絡があるということは、親に何かあったということなんだろう(夫も猫も隣の部屋で寝ているので)。
無視し続け、朝起きて留守電を確認すると、親戚と、病院からだった。私は母と20年来絶縁状態で、電話番号を知らせていないのだが、仲良くしている従姉妹から知られてしまったようだ。
病院に折り返すと、母が救急搬送されたという。危篤状態で、この3日が山だという。
「今日の夕方にでも、医師から説明をしたい、お父様はご高齢でお疲れなので、是非娘さんに」と強く懇願される。コロナで医療関係者が疲弊していることはわかっているので、彼らの手間を増やさないほうがいい、とは思う。
母は10年ぐらい間質性肺炎を患っていて、ここ数年は家でも外出時でも酸素を供給する機械を持ち歩くよう、医師に指示されていた(母が勝手に送ってきたメールにそう書いてあった)。いつだったか、余命3か月と言われたそうだ。すでに82歳。おば(母の姉)も同じ病気で3年前に亡くなっている。ついにそのときが来た、ということなんだろう。
いったん出勤して、早退する理由を言うと、みな一様に心配してくれる。「いや、仲悪いんで」と答えると、社会人として良識ある態度をしていたみなさまが、うろたえてしまう。ごめん、そりゃ困惑するよね。
仲の悪い母親が余命3日かもしれない。
20年絶縁していた母親がもうすぐ死ぬ。
あれ?? 意外にうれしくないぞ? もっと飛び上がって喜んでもよさそうなのに、意外に、どんよりしてしまう。
健康な状態のときは無視し続け、存在しないことにすることができた。でも、いざ死ぬとなると、私のやるべきことが発生してしまった。いないはずの母親が、存在しはじめてしまった。
「死ぬ」って、ふっと消えることじゃないんだ。
ましてや一人っ子。私一人で、対峙するのか…。
母と絶縁した直接のきっかけは、私の夫が鬱で仕事を辞めたとき、「世間体が悪いから別れなさい」と言ったからである。昔だったら当たり前の価値観だろうか? いや、自分はとっさに「人間としてそれはないだろう」と思った。「近所の人とかにそんなこと話せない、恥ずかしい」と言う。その発言そのものが、恥ずべきことではないのか。別れるにしても、あんたの世間体は関係ない。
しかも、その話をするために、しょっちゅう電話をかけてくるのだ。鬱がひどい人は自殺しようとすることもあるので、見張っていなければいけない時があり、こちらもむちゃくちゃ消耗している。
もともと私はロングスリーパーで、長時間の睡眠時間を必要としている。私の貴重な時間を、そんな人非人な話で奪うとは。生きるために電話に出ないことにした。
避けられていることに気づいた母は、メールや手紙を送りつけたりしてきたのだが、それに対応する余裕もないし、もはや嫌悪感しかないので、すべて無視。夫の鬱が緊急事態でなくなっても、連絡を取ることはせず、今に至る。はや20年。
ちなみに、私がロングスリーパーなのは赤ん坊のときからで、あまりに寝てばかりなので、母は病気かと思い、私を病院に連れて行ったそうだ。「そういう体質だから寝かせてあげてください、アインシュタインも一日10時間寝ていたそうですよ」と言われ、アインシュタインに心惹かれたのか、子ども時代に睡眠を邪魔されたことはなかった。
しかし、自分の娘がアインシュタインほどの大人物になるはずだったのに、その夫が鬱で無職になっただなんて、到底認められないのだろう。
かように、母は自分の思い込んでいる「こうあるべき」に私を従わせようとし続けてきた。私がそれをしない、もしくは実現できないと、半狂乱になったり嫌味を言ったりする。
二度と顔も見たくないし、存在を認識すらしたくないのに。
雪が降っていて、ますます気が滅入る。しぶしぶ病院に行くと、ロビーに父親がいた。3年前会ったときよりもっと小さくなっていて、歩くのもチョコチョコといった感じ。これはさすがに不安だ。たしか87歳。
面談室に通され、医師が登場した。「僕はねー、Yさん(母のこと)は必ず救急搬送されてくると思ってたんですよぉー」と、予想が当たったことに興奮している模様。話し方がむちゃくちゃオタクっぽくて、職場の先輩にそっくり(オタクがいっぱいいる)。不謹慎なのかもしれないが、こちらももともと不謹慎なので、面白くて少し気が晴れる。
昨日の夜、家の中の階段を踏み外して大腿骨を骨折し、直接関係がないにも関わらず持病の間質性肺炎が悪化して危篤状態、なのだそうだ。
「今回山をこえたとしてもですねー、今年中に大波が何回かやってきますね、確実に」。
あと1年もこれが続くのか。ぞっとする(←まだ1日も経ってないのに)。父親はゆうべのほぼ徹夜状態でぐったりしていて、あまり反応しないので、看護士に言われるがままに、さくさくと書類にサインする。
母はICUではないがHCUにいるという。コロナで通常なら面会禁止だが、危篤状態なので面会できると看護士さんが言う。「面会!? しなくていいです!!!」と大声で叫びたいのだが、父が面会したいと言うので、仕方なくついていく。
母の姿を見るのは、3年前のおばの葬式以来だ。体をゆがめ、気持ち悪い笑顔で私を見ていたことを思い出すと、身体がこわばってくる。
ベッドに寝かされて、管につながっている母は、なんと、
髪が無かったーーー!!!!
まずびっくりしたのはそこ。3年前、髪があったのは、カツラだったんかーーー。白い髪が部分的にへろへろっとあるだけ…。私もあと30年後こうなるのか…。すでに薄毛だし。ますます嫌悪感が募る。
看護士さんが、「手を握ってあげて」と私の手を取る。振りほどこうとする間もなく、握られてしまう。うわーーー、気持ち悪いーーーー。
すぐに手をはなして、アルコールを必死に探す。母は「がんばる」「がんばるからね」とうわごとを言っている。やーめーてーーーー。
一刻もはやく逃げたい。名残惜しそうな父を急かして、病室を出る。廊下にアルコールがあったので、大量にふりかけて消毒して、やっと、一息ついた。
絹ごし豆腐
継母持ちです。
お母様とそっくり同じ性格で、身につまされました。
世間体を気にし、どうしても自分の思い通りに動かさないと気が済まない、というところがとても似ています。
継母は私が当時していた仕事が気に入らず、とある大手の保険会社に電話をして外交員として働くことは可能かどうかを問い合せ、聞かれるままに私の名前を告げたこともあります。
ここに深く共感する読者がいることをお知らせしたく、コメントいたしました。
プリ子 Post author
えーーー!勝手に仕事を決めようとしたってことですよね、とんでもないですね、あり得ない。自分の持ち物だと思ってたんでしょうね、わかります(+_+)
こんな話を載せて大丈夫だろうか、とおそるおそるアップしたので、とても心強いです。コメントありがとうございました