第4回「レッド・ファミリー」・「誰よりも狙われた男」
「どうする? Over40」読者のみなさま、こんにちは。
イラストレーターの小関祥子です。
夏の暑さが嘘のように、朝晩はすっかり冷えるようになりましたね。
私はといえば、熱いコーヒーをおいしく感じる季節だなあとか、
切り花が長持ちしてうれしいなあとか、
ふとんが暖かすぎて朝起きるのがつらいなあとか、
去年、おととしと同じことを今年もまた寸分たがわず考えている自分に気づきました。
それなりに大小いろいろはあるけれど、
基本的にはまあなんとのんきで平和な日常であることよ、です。
さて、今回ご紹介する映画2本は
そんなのんきな日常とはかけ離れた、いわゆる裏の世界を描いたものです。
◆今回の映画 (作品名は公式サイトにリンクしています)
◆映画のあらすじ
「仲睦まじい家族のフリをして任務を遂行する4人の北朝鮮スパイたち。
彼らはケンカの絶えない隣の韓国人家族を『資本主義の限界』とバカにしていたが、
偽りのない感情をぶつけ合う家族の姿に次第に心を動かされていく。
やがて任務に、いや、人生そのものに疑問を感じ始めたスパイたち。
そんな折、リーダーである妻役のベクは、夫役のキムの妻が脱北失敗したと聞かされる。
ベクは独断で手柄を立てキムたちを助けようとするが、逆に大失態を犯してしまう。
母国に残された各々の家族の命と引き換えに4人に与えられたミッション、
それは「隣の家族の暗殺」だった―。
全てを救うため、彼らが命を賭して打った切ない<家族芝居>とは!?」
(公式サイトより)
外では理想的な家族を装いながらも、一歩家の中に入れば
厳格な上下関係で支配されているスパイたち。
そのやりとりは「これってコメディとして作ってるよね?」と
思わず笑ってしまうほど。
(特にリーダー格の女性ベクが、家に帰ったとたん夫役、
義父役のふたりに激しい駄目出しをしまくるシーン!)
けれど、ほんとうに質素な夕飯が並ぶテーブルで
「国に残してきた妹よりも恵まれていて心苦しい」と
スッカラ(匙)を手にしたままうつむく姿や、
ようやく許された自由時間に「動物園へ行きたい」と
妙にこだわる理由が明かされた時、
彼らが置かれている状況の過酷さにはっとさせられます。
もちろん映画ですから、かなりわかりやすく、
面白くなるように作っているのでしょうが、
どんな状況であっても、離れて暮らす人を懐かしむ気持ち、、
自分の痛みより相手の痛みに涙を流してしまう切なさは
同じなんだよなあ……と苦しくなります。
彼らのしていることに対するジャッジとは別に、ね。
この映画には、メインとなるスパイ一家のほか、
彼らの連絡係をしている工作員も登場します。
町工場の労働者を装うこの連絡係、
見た目はいかにも冴えない中年男性なのですが、
彼の存在が私にはとても鮮烈でした。
(ちょっとだけ若いころの斉木しげるさんに似ています!)
連絡係には、恋人と呼んでも構わないような親しい間柄の女性がいます。
美男美女ではなく、このふたりをつなぐ理由の中には「性」が生々しく
介在しているんだろうなあと感じさせる中年カップルなのです。
恋というより、愛欲・肉欲という感じなんですよねえ。
映画の後半、このカップルもまた大きな選択を迫られるのですが、
激しく感情が揺れ動いた末の、なし崩しのような、怒涛に押し流されるような
決着のつけかたに、理屈や主義主張、正しさを超えた人間の図々しい強さを思いました。
以前、大学の公開講座で四方田犬彦さんによる韓国映画のレクチャーを受けたことがあるのですが
そこで伺ったお話の中に、とても印象的なフレーズがありました。
それは「メロドラマはイデオロギーを超える」というもの。
中年カップルの姿を見ながら、私の頭には何度もその言葉が浮かびました。
荒削りなところ、「えっ、それは無理でしょ!」と思わずつっこみたくなるところ、
不恰好なところはいろいろあるのですが、それでも飽きさせず、笑わせ、泣かせ、
ハラハラさせ、自分たちの社会が抱えている問題について考えさせるスキルの高さは、
韓国映画、やはりさすがです。
ぜひぜひ、映画館でごらんください。
◆こちらもおすすめ! (作品名は公式サイトにリンクしています)
◆映画のあらすじ
「ドイツの港湾都市ハンブルク。
諜報機関でテロ対策チームを率いる練達のスパイ、ギュンター・バッハマンは、
密入国したひとりの若者に目をつける。
彼の名前はイッサといい、イスラム過激派として国際指名手配されていた。
イッサは人権団体の若手弁護士、アナベル・リヒターを介して、
銀行家のトミー・ブルーと接触。
彼の経営する銀行に、イッサの目的とする秘密口座が存在しているらしい。
一方、CIAの介入も得たドイツ諜報界はイッサを逮捕しようと追っていた。
しかしバッハマンはイッサをあえて泳がせ、
彼を利用することでテロリストへの資金支援に関わる
”ある大物”を狙おうとしていたー。
そしてアナベルは、自分の呪われた過去と訣別しようとしているイッサを
命がけで救おうとする。
また彼女に惹かれるブルーも、バッハマンのチームと共に
闇の中に巻き込まれていくのだった……」
(公式サイトより)
主人公のスパイ、バッハマンを演じるのは、
今年急逝した名優フィリップ・シーモア・ホフマン。
ずば抜けた演技力で、無情にも見える諜報のプロフェッショナルを演じています。
目的のために人を騙し、言いくるめ、弱みを握り、
相手の心をそれと悟らせないままに支配する。
実に、実に、冷酷です。
目的のためには手段を選ばない姿に、背筋がひやりとします。
けれど、それを行う側もまた人間である以上、
計算や理屈だけで動いているわけではないわけです。
考えてみれば当たり前のことなのですが、
大きな災害の後始末から政治のあれこれまで、
人間が生きていくうえで関わることの大半は、
やはり人間が関わって何らかの始末をつけているわけです。
わたしには見えていないだけで、板子一枚下は地獄。
その地獄の中に身を置き、生きる人もいるのです。
「良い」「悪い」の、はるか彼方で。
不法入国した青年イッサを巡って繰り広げられる、諜報機関同士の駆け引きは
見ていて肩の力を抜く暇がないほど、実にスリリング。
お互いの手の内を見せているようで見せていない駆け引きと、
地味な積み重ねの果てにようやく手にした切り札をもって、
さあ、クライマックスだ! と気持ちが大いに盛り上がったところで
物語は冷たいまでに、あまりに突然ばすんと幕を下ろします。
この「誰よりも狙われた男」と同じル・カレ原作による
映画「裏切りのサーカス」もそうでしたが、
カタルシスはまったくありませんし、
そのすっきりしなさ加減が、諜報活動の残酷さと虚無感を
より際立たせているなあと思いました。
いや、もちろんこれは映画ですから、当然のように「絵になる景色」や
「美しい構図」「印象的な台詞」で形作られたまだ見るに耐えうるものであって、
現実はさらに地味で、地味がゆえに残酷なものなのでしょうけれどね…。
トム・クルーズの「ミッション・インポッシブル」やボンドが大活躍する「009」シリーズとはまったく違う(あれはあれで、大好きですが)、
地味がゆえに過酷で虚無感に満ちたスパイ映画、やはりこちらもおすすめです。
小関さんの詳細なプロフィールやお仕事はこちら→kittari-hattari
パプリカ
小関さま
はじめまして。
映画そのものにも
興味がありますが、
小関さまの解説の言葉に
刺さりました。
“メロドラマはイデオロギーを超える。”
わわわわ~
刺さりましたあ
エロスは思想をも超えるのですね(笑)
小関さんの解説
“解説は本作(映画)を超える~”
これからも小関さんの映画の解説を楽しみに
しています。
マレ
出た!レッドファミリー!
小関さんおススメの「テロ・ライブ」行った時の予告から、これは買いだと公開を待っていたんです!
なのに映画を優先順位一番にすることがままならず……。
あー「レッドファミリー」
韓国映画、さすがですか、そんな良かったんですか、泣かせて笑わせくれますか? あーそーでしょう、そうですとも、予告で分かりましたものヽ(´o`;
これは、優先順位繰り上げろとのご神託だ! なんとか時間捻出して観て来ます!
カリーナ
「レッド・ファミリー」見てきました。
いやあ、町工場の中年カップルよかったなあー。あの二人のあの「激しく感情が揺れ動いた末の、なし崩しのような、怒涛に押し流されるような決着のつけかた」のシーンがなかったら、この作品はずっと薄っぺらくなったと思います。性的なシーンが露骨に描かれるわけでないのに、あの揺れ動き方。すばらしかった。あのシーンがあるだけでこの監督を熱烈支持します。
他のサイトで「とってつけてる」とか「ご都合主義」という評価も多く見ましたが、わたしは、ほとんど気にならなかったです。最後は、とても演劇的な作りになっていて「全員が既出のセリフを異なる意味で用いる」わけですが、あそこは、ああじゃなくちゃいけないでしょ。そう考えると、ご都合主義的に見えるところも「演劇的」と思えばオーケー。船上の場面は、すばらしく切なく美しいシーンでした。エンディングの「希望」もいい。北朝鮮の人々の悲劇を物語として消費させてもらって複雑な気持ちになることも含めて濃密な時間を過ごしました。
あー、おもしろかった。それしてもキム・ギドク監督、新作はセリフなしなんですね!!冒険するなあ。
小関祥子 Post author
>パプリカさま
おお、なんとも過分なお言葉! もったいなくも、ありがたく頂戴いたします。
「メロドラマはイデオロギーを超える」、すごい言葉ですよね…
わたしも、これを四方田さんの講義で伺ったときは、鳥肌がたちました。
人間って、ずうずうしくて、だめで、下世話で、でもすごいなー!! って。
映画のほうも、お時間がゆるせば、ぜひごらんくださいませ~。
小関祥子 Post author
>マレさま
「レッド・ファミリー」は予告からして、これで面白くないわけない!感に満ちてましたよね。
その読みは、まったく外れておりませんよ~、お忙しいとは思いますが、どうぞ映画館へ!
韓国映画、やはり作り手の層が厚いですし、見るお客さんたちもたくさんいるんだろうなあ、
シーンとしての盛り上がりを強く感じます。
あ、ちなみに、今わたしがいちばん見たい韓国映画はチャン・ドンゴン主演の「泣く男」です。
http://nakuotoko.jp/
こちらの監督が以前撮った「アジョシ」がとってもよかったので、
いつ行こう…とカレンダーとにらめっこしています。うふふ。
小関祥子 Post author
>カリーナさま
おおー、まさに今「レッド・ファミリー」を見てきたばかりの熱いコメント! ありがとうございます。
そうなんですよ、あの町工場中年カップルが、この映画をすごく奥深いものにしているんですよ…。
彼らがいなければ、家族愛の物語だけで終わってしまうかもしれなかったけれど、
そこになんともいえないえぐみというか、癖の強いパクチーみたいな風味を加えたと思います。
すごいぞ、しげる。すごいぞ、おばちゃん。
あそこで描かれる、性というものの人間の何もかもを絡めとるようなえげつなーいしたたかさ、
「SEX AND THE AGE」のあきらさんだったら、どのようにご覧になるかしら、とも思いました。
あと、この映画は演劇っぽさを感じました。舞台にしても面白いんじゃないかなあ。
自分たちの社会が孕んでいる大きな問題を、エンターテイメントとして提示されることについて、
韓国の方たちはどう感じていらっしゃるんでしょうね…機会があれば、聞いてみたいです。
tsukimachi
小関さんこんにちは!
何と興味をそそられる解説!
映画館へ出かけることはそう多くないのですが
観たいぞ~と思うものは行くようにしています。
レッド・ファミリー
特に観たいです。
いま、親友に
キミの好きなのはチャンドンゴンでしたかね?
とLINEしましたら
チョンウソンです。
と淡泊に答えが 笑
泣く男もいいですよね、これ!
小関さんとカリーナさんに挟まれて観て
で、アーダーコーダ会を開きたい!
マレ
取るものとりあえず、映画館までひとっ走りしてきました。
はい「レッド・ファミリー」にて、連日投稿失礼します。
まず、
お隣さんの夫婦喧嘩、嫁のすっとぼけ感に、冒頭から辟易してたのですが、話が進むにつれ、スパイ一家の過酷な任務、人質同様の離れた家族を案じる思い、恐怖、支配、怯え、葛藤……壮絶な日々をこれでもかと見せ続けられると、キーキー甲高い声で罵り合うシーンに、救いを感じるようになりました。
しつこいほどに繰り返されるお隣の家族同士の喧嘩は、船上のシーンへの伏線と言うには乱暴すぎるかもしれませんが、舞台のお芝居のような名シーンへと繋がっていくんですね。私はとっくに涙腺崩壊です。
最後は、見る人によっては、希望、もしくは絶望と、意見は別れるように感じましたが、あの国が抱え込んでいる問題が一日でも早く解決できる事を願い、希望、とすることにします。
娘19才
「キっツイわあ。あー日本に生まれて良かった〜」でした。
小関祥子 Post author
>平島さん
あなたの感想はかなり思いいれの比重がおかしなことになってるよ、と指摘されたことがあるので、実際にごらんになったときに肩透かしになったらどうしよう…と心配でもあるのですが、「レッド・ファミリー」見て損はないと思います~。
お友達がお好きなチョン・ウソンさん、どんな方かしらと検索したら、あー彼の出ている映画、見たことありました。ちなみにわたくし、ハ・ジョンウの見た目が大好物です。
アーダコーダ会、楽しそう! 自宅でDVDで見るときの楽しみのひとつですよね。
小関祥子 Post author
>マレさん
なんと二度目のコメント! ありがとうございます。おじょうさんの感想も、冴えてますな~。
お隣さんのご夫婦は、そもそもなんで結婚したん……感がすごいですが、ああいう全然立派じゃない駄目な人がふつうに暮らせるってすごいいいことじゃないか!と途中でしみじみ思いました。
あくまでこれは映画なので、希望も絶望もわかりやすく提示されてきますが、現実にその渦中にある人たちは、もっと地味で、終わりが見えなくて、じわじわと押し迫る何かと対峙しているんだなあ、とそのしんどさに気が遠くなりますね。スパイ、ほんとむり。できない。