さらなるおさげ
おさげですよ、おさげ!
カリーナさんの投稿からおさげが話題沸騰中なので、私のおさげの話も聞いてください!
ある日、恵比寿に買い物にでかけた折、初めて入った喫茶店でのこと。
隣の席に座っていた高齢の男女のうちの女性が、シルバーヘアのお下げ髪だったのです。
「ありなんだ、おさげ。。。」と、私は心の中でつぶやきました。シルバーヘアでお下げ髪の方を実際に見たのは初めてだったので、それなりに衝撃的でした。そして、その方が、おしゃれで、少女風ではあるけれど、野暮ったい感じや田舎くさい感じではなくて、あくまでも都会の洗練されたシニアおさげだったのです。ファッションもシルバーヘアに映えるグリーンのピアスに、同色のロングフレアスカートを合わせていて、こっそり観察したくなるほど素敵でした。たとえて言うなら、アトリエで絵を描いている感じ。SHOJIさんのコメントにあったような気骨が感じられるタイプでした。
で、この後、わたしはとんだ失敗をやらかすわけなのですよ。
*
席に着くと、聞くともなしに、隣のふたりの会話が耳にはいってきます。
女:「だからね、この世界には偶然なんてひとつもなくてね、すべてが必然で起こっているのよ。
起こるべくして起こっていることばかりなの。ユングはそのあたりがわかっていた人よね」
男:「うん、そうだよね。すべて偶然を装った必然ばかりだね」
女」「人類は、まだ過渡期にいるわけだから、これで完璧とか、これがすべてだなんて言い切るリーダーがいたとしたら、それはまず疑ってかかるべきよ」
男:「うん、うん、それもわかるよ」
なにこの会話、面白すぎる。
失礼ながら、この世代の人がする会話とは思えない。
さりげなく椅子をずらして、もっとよく聞こえるように近寄ってみた。
女:「自分の中心に戻るのが大事。それ以外はすべて外側に過ぎないから。自分の中にすべてが備わっていて、それが誰かとの会話とか外的刺激によって外に現れてくるだけなのよ。すべては自分の内側にあるのよね」
男「うん、うん」
なんと、わたしがこのところ考えていたことがそのまま会話になっているのだ。こんなことってあるんだろうか。私の脳内が現実の会話となって見知らぬ人の間で繰り広げられているのだ。興奮して心臓がどきどきしてきた。私はついに我慢しきれず、となりの席の二人に声をかけた。
「あの、すみません。大変失礼ですけど、先ほどからのおふたりのお話がとても興味深くて、
このところ私が考えていることをそのままお話されていることに、今とってもびっくりしているんです」。
すると、男性は、くるりと私の方に向き直り、
「そうですか!それは奇遇ですね。でもそれもすべて必然です。今日、私たちが隣合わせたこともすべて決まっていたことなのでしょう。すべてのものは揺らいでいて止まっているものは何もないんですよ。私たちの揺らぎが共鳴したのでしょう」
「私はね、歯科医をやっていましてね、現代の医学に対して懐疑的なんですよ。
痛みをとることはできるけれど、その根本原因については何もしていないのが現代医療ですよね。病気の根本原因は心なんですよ。その心の治癒のメカニズムを研究しているんです。」
実に、わくわくするような話だ。
前のめりになってうなずく私を前に、男性はなおも饒舌に語り続ける。
「治癒のメカニズムは、ひとつひとつの原因を取り除くのではなく、何かひとつきっかけを与えてやりさえすれば、そのメカニズムが作動して、みるみる病気が治るような仕組みなんだと考えています。でも現実には医学界はまさに白い巨塔の世界ですから、私のような異端児はやっかいものなんですけどね。」
面白い、もっと聞きたい。なんなら連絡先を交換したいぐらいだ。
ところが男性の話を聞くうちに、向かい側に座っている女性の様子がおかしいことに気づいた。
二人で話していたときは女性の方がよくしゃべっていて、男性はもっぱら聞き役だったはずだ。しかし今は、堰を切ったかのようにしゃべり続ける男性とは対照的に女性はぱったりと話さなくなっている。
私は女性の方に声をかけてみた。
「とってもすてきな雰囲気ですけど、何かされている方なんですか?」
実際その女性はとてもオシャレで、ただ者ではない雰囲気を漂わせていたのだ。
だが、そんな私の問いかけにも笑顔ひとつ見せずに、「いいえ、ただの主婦です」と、つれない返事である。そして今度は
「お近くなんですか?」と尋ねてきたので
「いいえ、○○区からなんです(東京のはずれ、下町)」と私が答えると、
彼女は私の顔を真正面から見据えて、
「あ~らそうですか。私はこの近くなんですよ。歩いてすぐなんです(言わずと知れた山の手地区)」
と言ったのだ。
まさかのマウントである。突然のマウント発言にびっくりした私だが、そこで、わたしはやっと気づいた。それまでわたしは隣の席の二人は単なる知り合いで、たまたまお茶をしている男女とばかり思っていた。ところがそうではなく二人は恋人同士だったのだ。会話の中で、お二人とも77歳であることが分かった。77歳の男女は恋人同士であるわけがない、とはなっから決めつけていたわたし。
夫婦ではないことは、最初から雰囲気で分かっていたが、恋人同士とはよもや思いもしなかった。
ああ、不覚、一生の不覚である。
そうなると私が男性と話が盛り上がる様子を見て、彼女の機嫌が悪くなったのにも合点がいく。
そういえば私が「すてきな雰囲気ですね」と彼女を褒めたときも、向かいの男性は彼女に向かって
「よかったね」と優しくほほえんだのだ。その一言にはただの知り合いとは思えない親密さと愛情が含まれていた。いったん気づき始めると、あれもこれもと思い当たる節がたくさんある。
「それではそろそろ行きますか。またいつかここでお会いしましょう」という男性の言葉を合図に二人が席を立つ。会計は男性が持ち、彼女はすっと先に外に出たようだった。そんな様子からも二人が長いつきあいであることを伺い知ることができた。
でも、何度考えてもあのときの私に声をかけないという選択肢はなかったのだから仕方がない。
恵比寿駅まで来たのだからお茶でもしようと思いついたあのときから、ここまでのシナリオがもうすでに用意されていたのかと思うと、「起こることはすべては必然」という男性の台詞が改めて思い返される。「必然」なら仕方ない、そう自分に言い聞かせ店を出たのだった。
ま、人生いろいろあるよね、ドンマイ。