千客万来、よなよな裸エプロンの日々。
みなさま、ごきげんいかがでございましょうか。「崖待ち」第3シーズンが始まって1ヶ月、その間にこの騒ぎはいったい何でございましょう。あっちもコロナ、こっちもコロナ。人はイナイナ、仕事もナイナ。
いやね、ワタクシいまシマ島でパートとして働いているんですけれどね、ほかの仕事が忙しくなってきたのでやめたいなーと思っていたんですよ。でも人材不足の離島ではそうそう代わりも見つからず、探して探してやっと見つかったと思ったらドタキャンされて、再び仕切り直して苦節2年、とうとう後任が見つかってワーイ今度こそ独立だーい! ってなった途端にこのコロナ。
やめるタイミング最高かよオレ天才かよ
って思う今日このごろ。そんなわけでワタクシこの春から無職になりそうです。ありがとう、じじょうくみこです。
前回の記事を読んで「休載していた2年の間にいったい何が!?」と世間がザワついたとか、つかないとか。それについては長い話になるので少しずつご紹介できればと思っておりますが、この時期にハードな話もアレなんで(ってハードな話しかないんかい)、近況でも書かせていただこうかと思います。
さて、大晦日にジュテームハウスを追い出されてから、ダンナはんの実家・ザビ家の離れに暮らしております。手当たり次第に荷物をぶっ詰めて離れに投げこむような引越だったので、どの段ボールに何が入っているのかすらわからず、何をするにも捜索また捜索の日々。
おまけに年末押し迫ったころ、家族ぐるみで親しくしている友人ミキからとつぜん連絡があり、「これからシマ島に行ってもいいか」というのです。事情を話してやんわりと断ったのですが、どうしても来たいという。いつもなら「OKまた今度!」とサバサバしているミキが、いったいどうしたことかと思っていたら、
「ダンナと別れた。実家にも帰れないし、正月ひとりでいたくなくて……」
お、おう…。
そんなわけでザビ家の離れ初夜は、珍客ミキに障子を貼らせてつくった客間で埃にむせながら酒を呑むという、よくわからない展開でスタートしたのでありました。
ザビ家の敷地は出入口からすぐのところに母屋、奥に離れと、ふたつの建物がL字形に建っています。離れには台所とお風呂、洗濯場がないため、リフォームが終わるまでは母屋を借りるしかありません。つまり出かけるにしても、食事をするにしても、何をするにもいったん外に出て母屋を通らねばならないという状態。建物こそ別とはいえ、実質は「ひとつ屋根の下で同居」です。
おまけにザビ家の場合、これが単純に家族だけの話ではないのです。と言いますのも、薄々気づいてはいたんですよ、この島に来てからずっと。「ザビ家は人を呼び寄せる家」だということを。
村のはずれにあったジュテームハウスとちがい、ザビ家があるのは集落のどまんなか。小さなスーパーや村役場、公民館、学校などが近いせいか、とにかくいろんな人がふらりと立ち寄っていくのです。
朝いちばんにやってくるのは、タツキバア95歳。押し車でスーパーまで買い物に行くのが日課のタツキバアは、必ずスーパーが開店する前にザビ家へやって来ます。8時9時は当たり前。日によってはもっと早くに来て、寝ているザビママを「おーい、生きてるか?」と揺り起こします。
お昼前にやってくるのは、遠い親戚でもあるヨッコおばさん。おばさんと言っても立派な後期高齢者なわけですが、ヨッコおばさんは清掃の仕事をしているので早朝からひと仕事を終えるとザビ家でティータイム。スーパーの特売日には周囲のバアたちも母屋に集合し、ヨッコおばさんの車に乗ってキャッキャ言いながらスーパーはしごツアーに出かけていきます。
午後の来訪者は日替わりランダム。床屋のヤマモトさん夫妻が遊びに来たり、旅館オノダ屋のご主人が釣った魚を持ってきてくれたり、ザビパパの同僚夫妻が子どもの進路相談に来たり。そうそう、毎回カレーかシチューを持ってくるコマチバアちゃんもいましたね。
そして夕方になると、近所に住んでいるユウコさんが、おかずを持ってやってきます。工場で魚をさばく仕事をしているユウコさんは、さばさばした気持ちのよい女性。ザビ家で発泡酒を2本飲みながらおかずをつつき、朗らかな夜を楽しんで帰っていきます。
以上がレギュラーメンバーで、このほかにも里帰りしてきた知人がたずねてくることも多いですし、若いお母さんと子どもがたまたま通りがかったりすると、招き入れておやつをあげたり庭で一緒に遊んだりもします。あるときなど、見知らぬ男性と話しこんでいるので「だれ?」とザビママに聞いたら
「知らねえ」
って!!
東京で長らく公私ともにフリーランスな独女生活を送っていたわたしにとって、「離島の小さなムラ社会」の中で「つい最近まで他人だったオジサン(夫)と暮らす」ことすら大変だったのです。それが、ようやく夫婦ふたりの生活スタイルができあがってきたと思ったら、ここにきて「夫の実家で同居」に加えて「常に知らない人がいる家」というオープンハウスな環境に大転換。
ごはんを食べていたらガラッと誰かが入ってくる。お風呂から上がると、おばさんが立っててギョッとする。寝坊してボサボサ頭で起きたら、縁側でおばちゃんたちがお茶しながらこっちをじっと見てる。いやー、HP足りなすぎて、このステージとてもクリアできる気がしません…。
そんな日々が1ヶ月つづいた、ある日のこと。スーパーで買い物をすませて母屋のキッチンに行くと、食事を終えて寝室に戻ろうとしていたザビママが「あったかいうちに食べなね」と言い残していきました。
見るとテーブルには、これでもかと山盛りのかき揚げと天ぷら。煮物はおそらくユウコさんの差し入れ。コマチバアのクリームシチューに、ヨッコおばさんの漬物。そしてタツキバアのいつもの缶コーヒー。
それを見た瞬間、なにかが弾ける音が聞こえました。
そのまま踵を返し、車に乗り込んでエンジンをかけました。どこへ行くでもなく、どこかへ行けるわけでもなく、小さな島の中をあてもなくぐるぐる、ぐるぐる。やがて、とっぷりと日が暮れたころに離れに戻ると「おかえり。どこか出かけてたの?」とザビ男。その顔を見たらなんかもう無性に腹立ってきて
「もうムリ、なんでこのうちこんなにお客さんが多いの、なんでみんな台所にいるの、なんでごはん作ってあるの、なんでいつも魚なの、なんで人のパンツ勝手に洗うの、ザビさんにとっては慣れ親しんだ実家かもしれないけどわたしにとっては初めて暮らす家なの、毎日緊張してるし落ち着かないの、いつまで段ボールの中で暮らさないといけないの、リフォームいつできるの、自分の居場所が見つけられないの、
とにかくわたしは食べたいときに肉とか好きなものを食べたいのおおおおおおー!!!!!!」
ブチ切れたわたしを見て、ザビ男はキョトンとしながら
「…いつからそんな風に思っていたの」
「ここに来たときから、ずっと」
「そうか。気づかなくてごめん」
「………」
「でも年寄りは世話を焼きたいんだよ。うれしいから、何かしたいんだよ」
「…それはわかるんだけど」
「ごはんだって食べなくてもいいんだよ。つくりたいだけなんだから」
「それはそうなんだけど」
「リフォームが終わるまで、どこか部屋を借りるか?」
「そんな物件あるの?」
「まあ、ないんだけど」
「ちょっと」
「リフォームはちゃんと別居するためだから、それまでがんばれない?」
「いつリフォーム終わるかわからないじゃない」
「まあ、そうなんだけど」
「オイ」
「水まわりの工事はプロにお願いするしかないけどさ、自分たちでできるところはやろうよ」
「う、うん…」
「そしたら工期が短くなるし、値段も安くなるだろ?」
「う、うん…」
「ドウ・イット・ユアセルフだよ」
「う、うん?」
「じゃあこれからがんばってリノベの勉強するね」
「うん?」
「とりあえず大工道具、プロ仕様のやつ買ってもいい?」
こうしてザビ男はYouTubeで「漆喰の塗り方」だの「柿渋で柱を塗る」だの「電動ドリルの使い方」だの「DIY女子がやってみた!」だのを見まくりつづけ、ああそうだったそうだった、わたしは宇宙人と結婚したんだったと再認識した次第であります。
「あとさ」
「うん?」
「明日は肉を食おう」
その夜を境にわたしは「ものわかりよさそうな嫁風」にふるまうのをやめました。なにしろ見た目も年齢もりっぱな熟年なので、まるでベテラン主婦のように扱われたりふるまったりしている自分がいます。でもわたしが加わった「ニューザビ家」は、住宅でいえば築5年の新しさ。家族も建物も少しずつ手をかけながら、居心地よい場所を自分でつくっていかないといけないんですよね。
そこで思いきって食卓に並んだザビママのおかずに手をつけず、別に料理をつくってみました。ザビママは特に気にするでもなく、翌日それをバアちゃんたちと食べたようです。たぶんザビママも気をつかっていたんだなあ。それからはそれぞれに好きなものをつくって、食べたければどうぞというスタンスにすんなりと落ち着きました。
洗濯物はいったん脱衣所から離れに持ち帰り、隙を見て洗濯場に持ち込むという奇襲作戦を決行。ときどきうっかり出し抜かれて、パンツが庭でひらひらしていることがありますが、そんなときは戦国武将よろしく「フッ、あやつもなかなかやりおるな…」などとつぶやくと動揺しないことを発見しました。
そして、お風呂。ザビママの入浴時間とわたしたちの夕食時間がだいたい同じなので、特に努力は必要ないのですが、気になることがただひとつ。風呂場から寝室へ歩いていくザビママの姿を、台所でごはんを食べながらガラス越しに眺める毎日をすごしているのですが、はじめはパジャマ姿で風呂場から出てきたザビママが、しばらくするとバスタオル1枚で現れるようになり、やがて上半身丸出しで平気になり、最終的にはなぜか
裸にエプロン
というスタイルで落ち着いたことであります。なぜエプロンなんだ。しかも、わたしと目があうと「ニヤ」ってドヤ顔するのはなぜなんだ。息子も息子で「今日は干しいもが見えたなあ」とか言ってないで止めなさいよ。まあでもきっと、こういう家族だから、わたしを受け入れてくれたんだろうとは思うのですが。
つくづく血は争えないな、と思います。
それではまた4月に、崖のところでお会いしましょう。どうかそのときまでに、世界が落ち着いていますように。じじょうくみこでした。
text by じじょうくみこ
illustrated by カピバラ舎
*「崖のところで待ってます。」は毎月第1土曜日更新です(たぶん)。
okosama
じじょくみさん、こんばんは
ハードじゃなくても刺激が強い。ボディブローのように効いてくる話ですよ、これは。ボディブローくらったことないですけど。
エプロンは多分、吸水性の良いホット◎ン製でしょう。
心の底からくつろぎたいであろうじじょくみさんに、幸あれ!
じじょうくみこ Post author
>>okosamaさま
こんにちは! いつもありがとうございます〜( ´ ▽ ` )
なるほど、アイテムでなくて吸水性で選抜している説ですね!
ザビママくらいの年になると、いろんなことを超越しているので
もしかしたらもっと独創的な理由かもしれませんね。今度聞いてみようかな。
ちなみに昨日はエプロンを折ってお腹を隠すパターンでした。
爽子
わはははは!こんばんは!
エプロンは変わらないのですね。
お腹を隠すパターン
銀色のお盆に変わりませんか?
どこか隠しておられるのが可愛いげがありますね。
何かと気苦労が絶えませんね。
落ち着かないのもこの上ないのに、食べるものまで、、、。
叫び出したくなる気持ち、ようようわかります!
ザビさん、大工仕事の準備進めておられるのでしょうか。
ことぶきつかさ
こんにちは。マレーシアで現地人の嫁をしている者です。
あーーーー! じじょくみさんの心の叫び!ここまでクリアに聞こえました! そりゃ神経すり減ってささくれますっ。
それでも前向きな姿に大尊敬の念が。
4月の続編、お待ちしてます。無事でそして何よりも健康にお過ごしください。
じじょうくみこ Post author
>>爽子さま
お返事遅くなりました!すいません〜(^^;
そうですね、そのうちザビママ120%になるかもしれません。
ちなみに昨日は前全隠し・後ろ全開バージョンでした。
>>ことぶきつかささま
こんにちは! マレーシアからコメントありがとうございます〜!!
そんな遠くまで聞こえていたのですね、お恥ずかしや(照)
お互い健やかに、もうすぐお会いしましょう( ´ ▽ ` )
あずき
久しぶりにじじょうさんのところに行き着きました。ご結婚の直前、ハラハラウキウキしながら読ませてもらったのを思い出します。そしてうらやましいです。
じじょうさんとはたぶん同い年ですが、
未婚の独身です。そして今、恋愛など始まるわけがない相手にひかれているせいか、旦那さんとのやりとりが、なんとも心くすぐられます。いろんな意味で穏やかな日常がはやく戻りますように。続きのお話楽しみにしております。
じじょうくみこ Post author
>>あずきさま
コメントありがとうございます。お返事遅くなってごめんなさい〜!
あずきさんは、心惹かれる方がいらっしゃるのですね。
ど、ど、どんなお方ですか・・・・(ドキドキ)
この厄災が収束したら、ぜひうかがってみたいです^ ^
なかなか集中するのがむずかしい日々ですが、どうかお元気で!
今日更新しました。また遊びにきてくださいねー。