ああ島よ。ムッちゃん事件の顛末。
みなさま、ぐずついた秋の週末、いかがお過ごしでございましょうか。こちらシマ島はゴーツーしにくる旅行者もほとんどおらず、すっかり静まり返っておりますが、そんななか本土にお住まいのザビ男の姉上様からいきなり何を言わずにこれが送られてきまして
女子としてどうリアクションしていいものか思案中の義妹じじょうくみこでございます。
そんなことはおいといて、前回のつづきです。
よそものの受け入れに積極的ではないシマ島で、唯一無二といってもいいほど島民から絶大な信頼を寄せられていたムッちゃんに異変が起きたのは、おととしの秋のことでした。
少し前から島のなかで、奥さんと娘さんの姿が見えなくなっていました。小さな島ではあることないこと、噂はすぐに広まります。わたしもシマ島に来たばかりのころは、ちょっと家にこもって仕事していただけで「あそこの嫁は島を逃げ出した」と噂がたってドンヨリしましたがそれはまあいい。
とにかくムッちゃんの家族について「どうやら離婚したらしい」「船に乗り込む2人を見かけた」などという噂が立つようになったのです。そしてあるときザビ男と港の食堂でごはんを食べていると、いまや村長におなりになったマハラジャがツツーとやってきて
「ムッちゃんのかみさんと子ども、さっき船に乗って出てったねえ! 娘さん、保育園の退園届出していたから心配はしてたんだけどさ!」
ってそれ村長が言っちゃだめなやーーーーつ
その後もムッちゃんはいつもの陽気なムッちゃんのまま、いつものようにお店を続けていました。しばらくたってムッちゃんがぽつりぽつりと話してくれた内容によると、奥さんが島暮らしになじめず、本土に戻りたいと言い出したというのです。
「田舎でのんびりしながら家族で仲良く暮らしたい」という思いで、始めたはずのシマ島暮らし。ところが住民も旅行者も少ない場所での飲食業は想像以上にハードで、観光シーズンは休みなしで早朝から深夜まで働き、オフシーズンには老人ホームでアルバイト。一方で会合に寄り合い、行事にイベント、島で存在感を増すほどムッちゃんの仕事は増えていき、家に帰れない日も少なくありませんでした。
島のひとは子どもが大好きだから、いろんなひとが娘さんの面倒も見ていたようですが、奥さんにとってはそれもストレスになっていたようで。ある日ムッちゃんは「みんなで本土に帰れないか」と奥さんに相談されたというのです。けれど島民の期待を一身に受けていたムッちゃんは「他の移住者のためにも、いま自分が島を出るわけにはいかない」とつっぱねたといいます。
そして秋のある日、本当に奥さんと娘さんはムッちゃんを残して島を出たのでした。
ムッちゃんは、日を追うごとにしょぼくれて生気を失っていきました。店というのは不思議なもので、どんよりした空気は外からでも伝わるものです。お客さんは減り、彼を励まそうと通ってきた常連さんたちも次第に足が遠のき、だれもいない店にぽつんといるムッちゃんを何度も見かけました。
やがてムッちゃんはひんぱんに店を休み、本土とシマ島を往復するようになりました。故郷で居酒屋を営んでいたお父さんが倒れ、入院したためでした。お父さんの容態が落ち着くまで店の手伝いをすることになったのですが、そこで店にかなりの借金があることが発覚。実家と島の店、両方を抱えることになったうえ奥さんからは養育費を請求され、ムッちゃんはますます追い詰められていきました。
そして去年の春。ムッちゃんから「店を若手に任せて、実家に帰ることにした」と告げられました。父の不在で母親まで体調を崩すようになり、島との行き来は限界だと悟ったらしい。
「いったん実家に戻って店を畳み、自己破産して借金を精算するしかないと思う。嫁とも離婚しかないかもしれないけど、必ずぜんぶ整理してまた島に戻ってくるから!」
ムッちゃんがいなくなると聞いたときは、かなりショックでした。ムッちゃんがいるからがんばれていたこともたくさんあったから、いなくなる思うだけで心細さが広がりました。でも事情が事情だけに、誰も引き止めることができません。
そして「サヨナラじゃないから見送らないでほしい」という本人の希望もあり、ごくわずかな身内だけで船に乗り込むムッちゃんに手を振ったのです。
大丈夫。ムッちゃんは、ほかのひととは違う。また戻ってくるのだから。
ムッちゃんはそれっきり、帰ってきませんでした。
「来月また来るから」と知り合いの家に荷物を預けていったきり、来月になっても再来月になっても姿を表さず。その一方で、ムッちゃんが店員のバイト料はもちろん店舗の家賃、アパートの家賃、商店のツケなどを、ずいぶん前から滞納していたことがわかったのです。なかには、わずかではない額のお金を貸していた島民もいました。
いくら実家が大変だ、養育費が必要だ、とはいっても、これはマズいんじゃないか? いろんなひとがムッちゃんに連絡を試みましたが、まったくつながりません。そこで以前からムッちゃんと仲良しだったタオちゃんが、意を決してムッちゃんの実家に押しかけたのです。すると、
「もしもし、タオちゃん? いやあ久しぶりだねえ、元気?」
お店にいたのは、なんと入院しているはずのお父さんだったのです。病気で倒れるどころか、ムッちゃんのお父さんはお店でバリバリ働いていたのでした。お店を畳んで借金を精算するという話も「閉店? どこが?」とキョトンとされるばかり。ムッちゃんは、実家には帰っていなかったのです。
え、どゆこと?
嫌な予感がして、タオちゃんはすぐにムッちゃんの奥さんにも電話してみることにしました。案の定、ムッちゃんはそこにいました。奥さんの実家に。
「え? だって島を出るというのは、もともとムッちゃんが言い出した計画なんだよ? 自分は後から追いかけるから私たちは、先に戻っていてくれって」
はあ??
ちょ待って、落ち着いてよーく考えてみよう。つまりアレだ、ムッちゃんは最初からシマ島に永住するつもりはなかったってこと? たとえそうだとしたら、わざわざ島の幹部に気に入られるまでがんばる理由がどこにあった? 親を病気にしたり、妻を悪者にしたり、そこまでして壮大な嘘をつく必要がどこにあった?
人なつっこい笑顔を思い浮かべると、誰の言葉を信じていいのか、考えれば考えるほど頭が混乱しました。けれどムッちゃんは島に帰ってくるどころか、タオちゃんの電話にもなかなか出てこず、奥さんの説得でようやく電話口に出ても「あてにしていた仕事をクビになって…ウツ病になって働けなくなって……」とのらりくらりと言い訳をくり返すばかり。
揉めに揉めること半年。結局ムッちゃんはなにひとつ責任を取ることはせず、最終的には友だちだったタオちゃんと、ムッちゃんを追って島にやってきた新店長が、借金を肩代わりすることで決着することになりました。
でも、こんな目にあってもシマ島ではムッちゃんを悪くいうひとはあまりいなくて、何かの集まりがあるたびに
「ムッちゃん、どうして出てっちゃったんだろうね……」
誰かがポツリつぶやいては、しんみりしてしまう、そのくり返し。
大きな目をくりくり動かしながら、熱心に相手の話を聞いていたムッちゃん。バレーボールは下手くそだけど、カバディは妙にうまかったムッちゃん。イベントで島の食材を使って島カレーをふるまうことになったのに、肝心のカレールウを忘れて他地域のひとにルウをめぐんでもらっていたムッちゃん。「いっしょにシマ島を盛り上げていこうぜ!」ってはりきっていたムッちゃん。
あなたのサヨナラは、ちょっと重すぎです。
まあそんな感じでいろいろあるシマ島ライフですが、酸いも甘いも悲喜こもごも、右から左へ受け流しながらしぶとく生きていこうと思う、じじょうくみこでございます。あー鼻毛抜こう。
それではまた来月お会いしましょう。それまでいつもの、崖のところでお待ちしています。
text by じじょうくみこ
illustrated by カピバラ舎
*「崖のところで待ってます。」は毎月第1土曜日更新です。
じじょくみnote始めましたが滞ってます→★
はしーば
むっちゃん・・・
人の心を鷲掴みにして虜にするだけして、でも何だか憎めない。
言葉は悪いですが、なんだかテイのいい結婚詐欺に遭ったような気にさせられました。
むっちゃん、落とし前つけにシマ島に帰って〜!
じじょうくみこ Post author
>>はしーばさま
コメントありがとうございます^_^
結婚詐欺!名言出ました!
確かに、まさにそんな感じだったかも・・・と思いました。
(クヒオ大佐にだまされた人でこんな気分だったのかしら!?)
まんぷく
じじょうくみさま
奥のふか~いエピソードをありがとうございました。
事の展開にえええっ???でしたが、人は本当に何層からもできているのだなと感じました。
世の中、いい人と悪い人と、箱2つに分類されるわけではないのですね。
小説のようなむっちゃんの真実、じじょうさまの筆運びに心を持っていかれました。
秋がすっかり進みました。どうぞ健やかにお過ごしください。
じじょうくみこ Post author
>>まんぷくさま
遅くなりまして申し訳ありません!改めてコメントありがとうございます〜。
本当に、人間の奥深さを学ぶことの多い島暮らしです。
えこ
いつも楽しみに読ませて頂いております!
あまりの急展開に驚きました!
色んな事が起こりますねぇ…
我が事のようにずーん( ・᷄ὢ・᷅ )と来ました。
巷では今年の12月22日から風の時代に入ると言われているようですが、
まさに悲喜こもごもを、軽やかに受け流す力が必要なんだと感じました!
じじょうくみこ Post author
>>えこさま
本当にレスが遅くて申し訳ありません(汗)
改めまして、コメントありがとうございました(*´ω`)
本当に、なんですかねえ。日々、びっくりするようなことが起きますね。
風の時代ですか。いい響き。
いやほんとに、軽やかに生きていきたいものですね!