四十路独女じじょうくみこの「崖っぷちほどいい天気」⑨ 〜アウェイな私に恋を運ぶ、キヨちゃん。
先日、「じじょう」でググったら「自縄自縛の私」という映画がヒットしました。
じじょう=自縄
自分で自分のカラダを縛っちゃう女の子の話です。自縄組子的な。セルフがんじがらめ的な。他人とは思えません。ちなみに、ある劇団には「しじょうくみこ」という女優さんがおられます。四條久美子的な。ニックネームは「ジョンヌ」的な。他人と思います。
しじょうくみこは舞台の上にいます。じじょうくみこは崖の上にいます。ポジション的にはポニョと同列です。カラダもポニョっと、じじょうくみこです。
ポニョのことより、キヨちゃんであります。
前回でも触れましたが、相変わらず婚活に苦戦している今日この頃。それでもめげずになぜ婚活を続けていられるのかなあ、と我ながらちょっと不思議に思ったら、ふとキヨちゃんのことが心に浮かびました。
それは、40代前半のこと。当時の私は次々おこる不定愁訴や仕事への焦りなどで、ひどく悶々としておりました。結婚したい気持ちはあったけれど、こんな状況で婚活なんて結婚を逃げ場にするみたいでヤダなって思っていたし、「今さら婚活なんて」という恥ずかしさもあったと思います。「40代の男って面倒くさそう」というネガティブなイメージも強く。要は固定観念でガチガチ自縄組子だったわけですね。
そんなある夏休み、実家に里帰りをしました。実家でひとり暮らしをしている母は自分から積極的に外出するタイプではなかったのですが、病気を機にますます家へこもりがちに。そんな母を何かとケアしてくれたのが、近所に住んでいる母のいとこ、キヨちゃん74歳でした。
キヨちゃん74歳は人なつっこい女性で、茶道にフラダンスにカラオケにと毎日大忙し。母のところにも頻繁に顔を出しては様子を見てくれるのですが、決して押しつけがましくなく「私が会いたいから、来るの」みたいな柔らかスタンス。母も、そんなキヨちゃん74歳には心を開いているようでした。
あ、さっきからなぜ「キヨちゃん74歳」と書いちゃうのかなと思ったら、マカロニほうれん荘の「トシちゃん25歳」と似ているからだと今気づきました。
キヨちゃんは私に対しても柔らかいです。うちは田舎ですので、この年で独身の女というのはアウトローなわけですが、キヨちゃんはいつも「いいのよ、結婚したってしなくたって人間が違うわけじゃないし」なんて言ってくれます。私が会社を辞めても、赤貧にあえいでも、仕事が認められても、男子にフラれても、いつも会う時には
「くみちゃん、いろいろがんばってるから…ねえ?」
「ねえ」の一言に愛と配慮とシンパシーを載せ、すべてを包み込むという壮大な包容力。大人の女にしかできない熟練スキルだと、感心するばかりでありました。
その夏休み、どういうわけか賞味期限の短いロールケーキをお土産に買ってしまい、母と私は朝からキヨちゃんちへ向かいました。いつもの人なつっこい笑顔で迎えてくれたキヨちゃんと「娘さんたちはお盆に帰ってくるんですか」なんて雑談をしていた時。
プシュ
………プシュ?
キヨちゃんがビールを開けていました。
「ちょうどいいわ、飲んでいきなさいよ」
「え、いやでも今まだ朝9時だし」
「だってもう開けちゃったし」
キヨちゃんは有無を言わせずグラスにビールを注ぎ、私の前に置きました。
やぶさかではありません。飲みました。缶が空いたところで私たちはそろそろお暇を
プシュ
また開きました。注がれました。飲みました。いやいや今日やることありますし、そろそろお暇を
プシュ
瞬く間にビール3缶がふるまわれ、朝10時にはすっかりいい気分。やだアタイ酔わせてどうする気?なんつって思っていたら、すかさずキヨちゃんが言ったのです。
「くみちゃん、いい人がいるのよ。会ってみない?」
そーうーきーたーかー
お相手はキヨちゃんのお姉さんの息子、トシオさん。私より少し上の会社員で、転勤で地方を転々とした末、最近地元の本社へ戻ってきたとのこと。ようやく環境も落ち着いたので、そろそろ結婚でも…というところでアラヤダちょうど空いてる子がいたわっつってキヨちゃんの中でピカーンとひらめいたようでした。
「いやーお見合いはちょっと」と戸惑う私に、キヨちゃんは「いいのいいの、別にそんな大げさに考えなくてもいいんだし。ひとつの出会いと思えば」と見合いの常套句を駆使しながら、ビールを注いでじわじわ攻めてきます。母もこの時ばかりは「トシオくんはいい子だよ。会ってみなさいよ」と強力プッシュ。どうやら母はトシオさんと面識があるようでした。
なんせビールです。酔っぱらってます。いろんなことがどうでもよくなってます。
「いっすよー」
返事をした途端、キヨちゃんはスクと立ち上がってテレフォンコール。
「あ、トシちゃん?今からこっち来れる?」
って今からかーっ
「キヨちゃん!私、Tシャツにビーサンだよ〜」
「いーよいーよ、かしこまらなくて。トシちゃんもラフな格好だから」
というわけで急転直下の「Tシャツ&ビーサン&泥酔見合い」に突入することになったのでありました。
準備もクソもありません。そもそも酔っぱらっているので事情がつかめていません。母の証言によると「いっすよ、いっすよ」とヘラヘラ笑っていたらしいですが、ほどなくしてポロシャツに短パン姿の「トシちゃん46歳」が現れました。
あら
なかなかいい感じの好青年です。たぶん。人なつっこい笑顔はキヨちゃん譲りです。たぶん。酔っぱらっているのでよくわかりません。とりあえず挨拶をしたところで「うちの掃除機が壊れちゃったので、家電ショップで買ってきてくれない?」と母。「いいですよ」とトシちゃん46歳。
Tシャツにビーサンで掃除機を買いに行くという、なんですかこの斬新な見合い。それでも与えられたミッションは遂行するのが大人です。トシちゃんと私は早速、家電量販店の掃除機コーナーへ。「お母さんは腕の力強い?体が弱いなら、こっちのほうが持ちやすいよ」などと泣かせる気配りをはさむトシちゃん。
あらあらこりゃまたどうして
ミッション完遂後、2人でお茶しにいきましたが、まあ楽しかったです。終始さわやかな御仁でございました。あんまりいい人すぎて、もしやマザコンか?(母に優しすぎる)、それともゲ○か?(あたりが柔らかすぎる)と汚れちまった大人センサーが作動したことはナイショです。
その後、私から連絡することはあってもトシちゃんからしてくれることは一度もなく、あっさりフェードアウト。どうやらトシちゃん的に私はタイプじゃなかったようで、若干シュンといたしましたが、まあこんな機会でもなければ見合いをすることも「婚活アリかもね」と思うこともなかったでしょう。結果オーライ、キヨちゃんグッジョブ。
そういえば、母にやもめ暮らしの徳さんを紹介したのもキヨちゃんでした。恋に奥手な母娘にさりげなく出会いを差し出すキヨちゃんは、まちのコンシェルさんならぬオレのコンシェルさんなのでありました。
ちなみに母は「残念だわホント残念だわ」と本人以上に残念がっておりました。ふだんは何に対してもクールな母がどうした事かと思ったら、我が家の知られざる過去が明かされることになったのですが……それはまた別の機会に。
By じじょうくみこ
Illustrated by カピバラ舎
*「崖っぷちほどいい天気」は毎週土曜日更新です。
バックナンバーはこちら。