50代、男のメガネは近視と乱視とお手元用 ~「あなたにだけ話すのですが」という悪意。
「あなたにだけ話すのですが」という悪意。
男でも女でも、噂話が嫌いな人はまあ少ないだろう。好むと好まざるとに関わらず、噂話は人の興味をひく。「怖い映画は苦手なんです」と言いながら、顔を覆った指の間から、食い入るようにホラー映画を凝視してしまうような、怖いもの見たさの快感が噂話にはある。
だからこそ、昔から「噂話はしちゃいけないよ」と言われてきたし、実際に人の噂話をすることで、友情にひびが入ったり、なんらかのトラブルに巻き込まれることも少なくない。
しかし、本当に気をつけないといけないのは(これは、いつものごとく僕の主観なのだが)、「誰か」が主人公の第三者の噂話ではなく、「私が」という告白話だと思うのだ。
噂話ほどスキャンダラスな感じもしないし、自分のことを話しているんだから、なんの問題もないように見える。でも、本来知る必要もないような身の上話的な内容や、取るに足りない秘密話をもったい付けて話される場合には、「注意しろよ!」と五感が僕に警告を発するのである。まるで、『エイリアン』一作目のラスト近く、シガニー・ウィーバーが宇宙船の爆破装置を起動した後みたいに、警報が体中に鳴り響くのである。
もちろん、みんなの前で「実は私…」と話される分にはなんの問題もない。僕が恐怖を感じるのは「あなただけに話すのですが」という二人っきりの告白話。なんとなく、親密な感じがするし、誰にも迷惑がかからないんだから、別に怖がる必要はない、と思うのだが、心のどこかがザワザワとする。
「実は私、昔、少年院に入っていたことがあるんです」
そう告白されたときには、「なぜ、それを僕に言う」と思わず切り返した。
「実は私、背中にタトゥーが入っているんです」
そう告白されたときには、「知らんがな!」と叫んだ。
「実は私、交通事故で人を殺しているんです」
そう告白されたときには、「ここは懺悔部屋か!」と立ち上がった。
男でも女でも、意外にこういうことを二人っきりになったときに告白する人は多い。もしかしたら、人知れず、自分でもこういうことをしてしまっているのかも知れない。しかし、言われた側はそれなりにダメージを負う。そして、聞かなければ、まったく知らずにすんだ、その人の秘密を知ってしまって、次からその人の頭の上に「セックス依存症」だの「少年院帰り」だの「人殺し」だのといった吹き出しが出たままになってしまうのだ。
ここまで激しい告白でなくても、人と二人っきりになったときに、自分の秘密を「あなただけに話すのですが」と話出す人は、ほとんどの場合、確信犯だ。そいつの秘密を「あなただけに」と限定して話すことで、共犯関係を創り出し、自分たちは仲間なのだと強く意識付ける。そして、寂しかったり弱かったりする自分の立場を、少しでも強くしたいと願っている。
これまた、いつもの主観が過ぎると言われたらそれまでなのだが、僕にはそう思えて仕方がない。とすると、人の噂話をする人よりも、相手を限定して自分の告白話をする人の方が、実は不遜で身勝手なのではないかと思えてくる。つまり、僕に言わせれば「あなたにだけお話しするのですが」という言葉は悪意のかたまりだ。
しかし、噂話と同じく、告白話は、前置きが「あなただけにお話しするのですが」とか「他では言わないでくださいよ」から始まるだけに、なかなかに人を誘惑する。ただ、ほとんどの場合、聞かなきゃよかったという話ばかりなのも告白話の特徴である。
「あなただけにお話するのですが」とか「あなただからこそ、話しておきたいのですが」とか「他では絶対に内緒ですよ」とか、目の前の人物が話し始めたとしたら、もうどんなに先が聞きたくても、「聞きません!」ときっぱり断るにこしたことはない。少なくとも、僕は断ることに決めている。
ただ、断っても「なんでそんなこと言うんですか、聞いてくださいよ」と食い下がってくる場合が多い。そうなると、なかなか断りづらい。結局、話を聞いてしまい、「言ってすっきりした」と晴れ晴れした顔の相手を、なんだか腹に石を置かれたように鬱陶しい気分で眺めることになるのだ。
そう言えば、怪しい投資やマルチ商法の営業は、たいがい「あなたにだけ」という文句から始まるのだった。
植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、オフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京神楽坂で暮らしてます。
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サヴァラン
毒入りりんご
もらったことがあります。
「りんごをたくさんもらったから
もらってくれる?」という甘い誘い文句で。
玄関先のお客人は
赤くてみずみずしいりんごも届けてくれましたが
「これはよそからのもらいもの」という
妙に重たいうわさの種も残していきました。
いただいたりんごは
一人ではもてあます量だったのですが
赤い実だけをだまって頂戴し
おかしな色の種の方は
さっさと捨てさせてもらいました。
uematsu Post author
サヴァランさん
ど、ど、毒入りりんご……。
恐ろしいですね。
そうです。
だいたい、美味しそうなりんごとか、
甘い言葉とか、そういうのと一緒に毒はやってきます。はい。