誰に向かって、言っているのか。
9月8日月曜日。
九段下のイタリア文化会館で、イタリアのジャズカルテットのライブがあるというので、ヨメと二人で聴きに出かける。とても、芸達者なミュージシャンたちで、会場にいたジャズ初心者と見える人たちも拍手喝采。約90分のライブはとても楽しく幕を閉じたのだった。幕はなかったけど。
さて、終了したのが午後8時。
何か食べようということになり、飯田橋のなんの変哲もない居酒屋へ。なにを食べてもそこそこ美味しくて、「いい店に入ったなあ」と話しつつ、刺身や焼き鳥をつついていたのであった。
そろそろ帰ろうかな、と思った頃、確か9時半頃。常連らしき中年の男性の二人連れが来店。僕たちの席の隣の席で、注文を始める。刺身盛りと玉子焼き。「玉子焼きはちょい辛めで」という、わかりにくいオーダーが通るところを見ると、常連なのだろう。
その常連の男性の内、メガネをかけたほうが、ちょうどヨメの肩越しに顔が見える位置に座っていた。なんとなく、面白い顔をしたおっさんだなあと思いながら、ぼんやりと眺めていたのだが、だんだんとややこしい単語がヨメの肩越しに飛んでくるようになる。
「三国人が嫌いなんだよね」
「在日と中国人はいやだね」
などという話をしている。そういうことを言う人がいることは知っている。そして、そういうことを本気で思っている人がいることも知っている。僕自身はというと、好きな中国人も入れば、嫌いな中国人もいる。好きな在日韓国人もいれば、嫌いな在日韓国人だっている。もちろん、同じように好きな日本人も、嫌いな日本人もいる。
なので、そんな思考回路のなかで、そんなちょっとリスキーな会話をちょっとわかり合えそうな仲間としてしまう、という浅はかな考えもわからないこともない。わからないこともないが、ヘイトスピーチ批判真っ盛りのいま、そんな話を公衆の面前でするということは、相当な覚悟がないとしちゃいかんのではないかと僕は思う。
僕は、本当にこの目の前のおっさんが、そんな覚悟があって、この話をしているのかと、じっとヨメ越しに目を見つめてやる。ヨメはこの時点でなにも気付いていない。僕はおっさんを見つめる。おっさんは目をそらす。目をそらして、リスキーな話を続ける。僕はおっさんを見つめる。おっさんは、僕の目を時々ちらちらと見ながら、そんな話をやめようとしない。
仕方がないので、僕は立ち上がって、隣の席に行き、おっさんに言う。
「ねえ、そういう話は、わざと僕たちみんなに聞かせようと思ってしているの?」
すると、おっさんは慌てる。
「あ、えっと、あの、ごめんなさい」
謝られて、僕はかなりむかつく。
「あやまるということは、ドキドキしながら、そんな話をしてるんやなあ、おっさんは」
すると、おっさんの向かいに座っていた同僚が助け船を出そうとする。
「いや、会社でちょっと揉め事があって、そのことを話していたんです」
それでも僕は納得できない。
「そいつの名前は?」
「えっ?」
「そいつにも名前があるんでしょう。そいつが伊藤さんで、伊藤さんが在日韓国人だとしても、伊藤が嫌いでええやろ。なんで、在日が嫌いとか、中国人が嫌いとかいう話になるねん」
「すみません」
「単純な、疑問やけど。おっさん、その話誰に聞かせたいねん?」
僕が聞くと、おっさんは、
「いや、誰にも聞かせたいわけでは……」
「それやったら、黙っとけや。おっさん、歳なんぼや? ええ歳こいて、しょうもないものいいするなよ」
なんだか、そこまで言うと、とても情けない気分になってきた。
ヨメもさすがに状況を察して、「もうええやん。言うてもわからん人に言うてても時間の無駄や」と支払を済ませて店を出た。
なんだろう。たぶん、あのおっさんが本当の馬鹿で、在日韓国人や中国人を無差別に「悪いヤツらだ」と決めつけていて、誰になにを言われようと「嫌いなものは嫌いなんだっ!」と言うなら、こちらももっとすっきりとする気がするのだ。逃げ道もなにもなく、おまえらは馬鹿だと言ってやれば良いし、そこまでのヤツらにはもう何も言ってやる必要もないからだ。
しかし、今日出会ったあいつらは、もっと小狡い。ミニマムなある特定の人物の話をしながら、憂さ晴らしのように、言葉のあやで話題の範囲がわざと広がるように、そして、周囲に聞かせるようにする。そのあざとさが許せない。
そういう会話を平気でする人間は、世代は関係なくそれぞれの年代に同じくらいずつの割合でいるような気がするのだが、圧倒的に男が多く、圧倒的に東京に多いという印象がある。
そして、そういう会話を平気でする種類の人間が、国籍に関係なく、僕が一番嫌いな人間である。
植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、オフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京神楽坂で暮らしてます。
★これまでの植松さんの記事は、こちらからどうぞ。
nao
888888888888888
こんなにはっきり言えるuematsuさんは偉い。
私はきっと言えずにいて、言わないことで片棒を担いでしまっているのだろうと後ろめたいです。
小さくとも自分はそうは思わない表明を何とかしなくては!
uematsu Post author
naoさん
えらくないと思います。もう、かなりはっきりと(泣)。
えらくないというか、こういうときは、黙って席を立ち、
きちんとお勘定を払い、次の店へいけばいい。
と、僕は思ってるんです。
なのに、なんだか言わないと気が収まらない。
それはそれで、僕の業の深さなのか、と思うこともあります。
だって、もうええ歳をしたおっさんたちに、
正論は吐いても、なんだか、ねえ。
個人的には、無言の抵抗を示せる大人になりたかったんです。ほんとに。
つまみ
uematsuさん、こんばんは。
見ず知らずのおっさんでも、見ても知ってもいる人でも、違和感のある言動や行動を見聞きしても、ふだんはよほどのことがない限りスルーして、せいぜいちょっと不機嫌な顔をして、ひそかに「バカかよコイツ!」と吐き捨てて(もちろん心の中で)終わるのに、たまに、ごくたまに、なにか言わないと収まらないことが私もあります。
言う言わないのボーダーラインって、私の場合は必ずしも確固としたものではなく、気分や空気なのかもしれないのですが、言ってしまうと、たいていuematsuさんと同じく「なんだか、そこまで言うと、とても情けない気分」になるんですよね。
あの脱力感というか不毛感は、正論を吐くことの虚しさなのでしょうか。
自分の言っていることがまっとうで正しいと思ってしまえばしまうほど、口にしていることが虚しくなります。
ヘイトスピーチ批判もそうですが、本来は、わざわざ大の大人に言う必要のないことを言わされてる徒労感みたいなものと、言っている自分に微妙に感じる「自分は本当に批判できるのか」的な引っ掛かりが、やたら不快です。
なのでスルーした方がラクです。
でも、スルーしたらしたで、すごいモヤモヤが残るのもわかっているのです。
どうすりゃいいんだ~です。
uematsu Post author
つまみさん
本当にその繰り返しです。
ぼくも毎回言うわけではなく、
ほぼスルーです
でも、ごくたまに、言ってしまう、
という瞬間が訪れる。
言われた方も、そりゃ嫌だろうし、
言ってる方も自己嫌悪。
だったら、言わなきゃいいのに。
でも、本当にいわなきゃいいのか?
うーん、もうわからない。
花緒
スカッとしました!
関西弁がまた迫力あったんでしょうね。
植松さんってすごい人なんだ~、惚れ直しました(^_^*)
うちの夫婦だったら、そんな時は暗い気持ちになるだけなので。
バスターズをやって欲しいです(笑)
その人たち、これからしばらくは大声で言わないようになるのでは?
そういう人たちって身近に出会った事なかったけど、さしたる理由がない人もいるんですね。
謎だったので、少し解明しました。
以前テレビで、日本人のほとんどは中国、朝鮮半島の混血っていう調査の番組がありました。
純粋な日本の血の人ってわずかで、その時は15人くらいの中で1~2人でした。
uematsu Post author
花緒さん
惚れ直しました?というか、惚れてたんですか?(笑)
というのは、さておき…。
ぜんぜん、すごくなくてですね、逆にそういうとこが駄目なんでしょうね。
それに、僕だって相手が本当にやばそうな人なら言わないかもしれませんしね。
その辺りは、うまいこと相手を見て言ってるわけで、
そうなると、それはそれで、男子が中学、高校あたりで感じてしまう、
「男たる者勇気を持たねばならん、しかし、自分の身を危険にさらしてまで、
俺は正義を貫けるのかっ!」という底なし地獄のようなスパイラルに入り込んでしまうのであります。
僕も基本は、鬱陶しい客がいたら、そのまま何も言わずに店を出るか、
店員さんにそっと声をかけて注意してもらうか。そのどっちかです。
ということで、全然すごくはないのです。すみません。はい。
Gゅう
確かに人を不快にさせる言動を不特定多数の人がいる場所で言うのは
どうかと思いますが、日本は自由な国でそれこそマスコミの方々のおっしゃる
「言論の自由」は補償されるべきだと思いますし、
大体、「三国人」とか「在日や中国人が嫌い」というのを口にしてはいけないという
押し付けがましい空気があるのではないでしょうか。
在日や中国人たちは常日頃から「小日本」「日本人は死ね」と口にしてますよ。
だから同じ言葉を口にしていいとは言いませんが、何かアチラは日本人や日本の
ことを貶して言いがかりをつけても、此方は黙っていなくてはならない雰囲気や空気が
とても怖いです。
それに他の人が話している内容についていちいち文句を言いにいくのが
素敵とはまったく思えません。
正直、メルアドやIPばれするので迷いましたが書き込ました。
uematsu Post author
Gゅうさん
なるほど、おっしゃる通り、人が話している内容に、
いちいち文句を言いにいくのはまったくもってステキじゃないですよね。
ただまあ、僕は在日韓国の人や中国人が
「小日本」「日本人は死ね」と発言しているところに
立ち会ったことはないのですが、まあ、会ったら会ったで、
「それを言っちゃあお終いだよ」って言っちゃうんでしょうねえ。
そう言ってしまうことについては、ステキじゃないけど、
別になんの反省もしませんけどね。
言論の自由というなら、それも含めて、ということになるので。
僕個人は「三国人」と言ってはいけないとは思っていません。
「在日や中国人が嫌い」ということも言っちゃいけないとも思っていません。
ただ、そういうことをみんなが食事をする場所で、
声高に話すのなら、それなりの覚悟が必要なんじゃないかと思うだけです。
「あなたが嫌いだ」と言うのは自由ですが、
「なんで、お前にそんなことを言われなきゃいけないんだ」
と言い返される危険とは、常に隣り合わせですから。
『マスコミの方々のおっしゃる「言論の自由」は補償されるべきだと思います』
とお書きになっていますが、それを声高に叫びつつ、
同時に、「三国人」「在日や中国人が嫌いだ」ということを口にしないように、
強力な自主規制を敷いているのもマスコミですよね。
今回のシュチュエーションの場合、
例えば、中国の方が「私たちは日本人が嫌いだ」とおっているなら、僕はそれでもいいんですよ。
または、日本のおじさんが「どう言われても、中国人が嫌いなもんは嫌いなんだ」ということなら、
それもそれでいいんです。
単純に、誰かに「それはないだろう」と返される覚悟もないのに、
人が不快になるかもしれない話をするのは、マナー違反なんじゃないかなあと。
そう思うだけなのです。
アメちゃん
こんにちわ!
先日YouTubeで、NYの高級ブティックにて
白人の店員が黒人の女性客(どちらも仕込み)を差別すると、
回りの客はどんな反応を示すか?という実験を見ました。
多くの客が遠巻きに見るか、そそくさと退散するなか
ある白人の女性客が「私には差別しないのに、なぜ黒人だというだけで差別するの?」
と、涙ながらに店員に抗議していたのが印象的でした。
私だったら、どうするかな〜と考えました。
まあ、白人至上主義の社会に行けば、私も差別される側でしょうけど、、。
しかし。
どうして人間は、おなじ人間同士仲良く出来ないんでしょうね。
個人的に好き嫌いはあっても、わざわざ口に出すこともないのにな〜と思います。
コレは、私の個人的感覚なんですが、
マスコミの反中反韓、そして反日の報道も
なんだか、ことさら大きく煽っての世論誘導のような気がします。
そういえば
最近、ABE政権に抗議するデモで「ブルドーザーデモ」というのがあると聞きました。
なにやら、ABE氏の人形をブルドーザーで踏みつけたりもするらしく、ちょっとゲンナリ。
マザーテレサの言葉で「言葉に気をつけなさい。それはいつか行動になるから」
というのがありますが
「言論の自由」も、やはり品位が必要かな〜と思いますね〜。
uematsu Post author
アメちゃんさん
僕もマザーテレサの「言葉に気をつけなさい。それはいつか行動になるから」という言葉が大好きです。
確か、「考え方に気をつけなさい。それはいつか言葉になるから。言葉に気をつけなさい。それはいつか行動になるから」だったでしょうか。
差別のない時代などないし、
それはこれからも決してなくならないとは思うのですが、
わかり合うことを諦めるのは、ちょっと違う気がしますね。
サヴァラン
こういう「あざとさ」
セクハラ野次オヤジと同じニオイがします。
都議会のあのときも思いましたもの。
このひとは「誰に向かって言っているのか」って。
そしてあのひとも
「すみません。そんなつもりじゃモゴモゴ……」という
妙に弱気な態度でしたもの。
だったらどうしてあんなことをわざわざ口にするのか?
なんか特殊なヒロイズムでも感じてしまっているのか?
強気なのか弱気なのか
ハッキリしてくれへんかな?オッサン。
ともかく
自分の卑小さに気づかないひとの放つ匂いは臭い!
臭いのはカンベン。臭いのは自分とこでやって。
おっと。自分は大丈夫か?とちょっと脇の下をクンクン。
uematsu Post author
サヴァランさん
そうなんですよね。
タイトル通り、誰に向かっていってるのか、というところで全ての価値が決まるような気がします。
いくらいいことを言っていても、喫茶店の隣の席にいるかわいいお姉さんに聞こえよがしに話すおっさんっていますよね。
あれが苦手なんです。はい。