山の仕事、その4。
あわや車ごと山から転落寸前の巻(前半)
山の仕事をしていたのは、僕が20歳過ぎ頃の春頃から冬が始まる少し前までのこと。約半年間くらいだったと思う。最初に女衒のようのオッサンが言っていた。
「この山の仕事は夏場がいちばんつらいんや。なにしろ暑いから。冬場は逆に山の中を走り回ってたら、ポカポカしてくるからラクなんや」
僕もこの女衒のようなオッサンから支給されるそこそこ高額な日給に心惹かれていたので、オッサンがいう「ラクな冬場」を経験してから辞めようと思っていたのだ。しかし、僕は結果的に一番つらい時期だけで山の仕事を辞めることになった。
その年は夏場がとても暑く、その後の秋がとても短かった。9月になっても10月になってもやたらと汗ばむような日が続き、11月になったかと思うと真冬のように寒い日々が急にやってきた。確かに、寒い日には山の仕事はそれなりに心地よかった。けれど、女衒がいうほど「ラクな」印象はなかった。それでも、全身汗みずくになってしまうようなことはなかったので、仕事ははかどった。それまで、休み休み3日ほどかけて終わらせていた仕事が余裕で2日間の仕事になっていたのだった。
しかし、僕の山の仕事、最後の日はあっさりやってきた。
その日、11月中旬だというのに、朝から雪が降り始めた。底冷えという言葉がピッタリくる寒い日で、雪はアスファルトの上に落ちても溶けずにいた。それほど多くの雪が降っていたわけではないのに、車で山の麓に向かうまでの間に、うっすらと道路には雪が積もっていた。
天気予報は午後から晴れ。それなら、少し寒くても山の中に入り仕事をしている間に、雪もやみいつも通りに終われるだろう、と僕は思った。
山の麓はアスファルトよりも雪が積もりやすい粘土質の地道だったので一面真っ白になっていた。真っ白な中、何本かのトラックのタイヤの跡だけが付いていて、僕はそのタイヤの跡に沿って車を走らせた。そして、いつもの場所に車を停めようとしたのだが、そこには珍しく先客がいた。大きなトラックが停まっていたのだ。
僕はトラックの脇を通って、その先のまだタイヤの跡も何もない真っ白な場所に車を停めた。上着を着て、テスターを肩から提げ、スニーカーを安全靴に履き替えて僕は山へと入っていった。
天気予報は外れた。雪は止まなかった。いつまでも降り続く雪の中、僕は山の中を走り回った。昼を過ぎても止まない雪に、手がかじかんできた。雲が厚くなり、日差しが弱くなった。山の中ではその暗さが一層際立ち、僕は少し怖くなってきた。このまま、以前のように足でも滑らせたら今度こそ凍え死ぬかもしれない。そんなことを考えながら、見晴らしのいい場所で山の上から麓のほうを見下ろした。すると、仕事にならないと思ったのか、トラックが一斉に帰り始めていた。それを見て、僕も帰ることに決めた。山でずっと仕事をしてきている土木のプロが帰るような天気なのだ。僕は道具を片付けると、そこまでの記録を付けた用紙をバッグにしまい込み、山を下りた。
車を停めた場所にまで戻ってきて驚いた。雪がもう数センチは積もっていたのだ。僕はさっきまでの怖さは忘れて、きれいな雪景色に見とれていた。しかし、そこではたと気付いたのだ。僕の車はスタッドレスタイヤをはいていない。チェーンなんて積んでもいない。僕は少し焦った。でも、山道からつながるアスファルト舗装された県道は、車の往来がそこそこあるため、道路の脇にしか雪が積もっていなかった。これなら帰れる。僕は少し急いで上着を脱ぎ、スニーカーに履き替え、運転席でアクセルをふかした。
車は動かなかった。
植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、オフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京神楽坂で暮らしてます。
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マレ
やだやだ怖いー!
どうなる植松青年!? 一週間のお預けですか、ツービーコンテニューですか。ああツライ!
臨場感たっぷりの「山シリーズ」オモシロすぎます。泥沼に浸かり死を覚悟し、ポインターにポイントされての猟銃未遂事件、すわっ!あわや車ごと転落の危機!
じじょうさんの「もうこのまま一生山の中にいてください(笑」←大笑いさせていただきましたが、ハイいてくださいw
はしーば
そんないけずやわ〜。
そこで、続く・・ですか。
でも、終わって欲しくない、「山の仕事」シリーズ。だったりします。
uematsu Post author
マレさん
ツービーコンテニューです。はい。
いやもう、あのまま一生山の中で埋もれていても不思議じゃなかったですよねえ(笑)。
uematsu Post author
はしーばさん
いけずではないんですが、なんか一気に書いて、
どっと疲れてしまって(笑)。
「山の仕事」シリーズ、たぶん、次回で終わるはず。
えっと、たぶん。きっと。