山の仕事。完結編
「違う、違う。そんなんどうでもええねん。兄ちゃん、死ぬぞ」
ええっ!死ぬってなんだよ。どういうこと。 (先回、「山の仕事 その5」より~)
では、続きをどうぞ。─────────────
「とりあえず、じっとしろ。そんで、黙れ」
そういうと、その年配の運転手が僕にソロリソロリと近づきながら、説明し始めた。
「兄ちゃんの車の後ろ半分、土砂崩れで地面がもうあらへんねん。つまり、いま、兄ちゃんの車は、前が浮き上がったシーソーみたいになってるねん。いま妙な動き方したら、そのまま谷底に落ちてしまうんや。黙っとれ。じっとしとれ」
そうか、斜めになっていたのは、この人たちではなく、僕の方だったのだ。知らない間に前後揺すりドライビングに熱中していた僕は、自分が置かれた状況にまったく気付いていなかったのだ。
年配の運転手は、ゆっくりと僕の車に近づくと僕が乗っている運転席の窓に手をかけた。助手の若い人は、反対の助手席側にまわり窓とボンネットに手をかけた。そして、二人が力を入れると、車がいったん水平になった。
「よっしゃ、今のうちに降りろ」
運転手が言ったのだが、僕が動こうとした瞬間に、車は揺れた。揺れた車は再び斜めになりつつあった。
「これ、あきませんわ。引っ張りましょ」
若い方がそう言って、トラックに戻ると、ワイヤーを取り出し、自分たちのトラックと僕の自動車をつなごうと準備を始めた。実際に、つながるまでの10分ほど。運転席の外側に立っていた年配の運転手が、僕を発見した状況を説明してくれた。
「いや、以前、わしもこの辺りに車を停めて往生したことがあったんや。そやから、昼間ここを通ったときに、こら危ないかもしれん、と思ててなあ。そしたら、案の定、これや。遠くから見ても、谷底に落ちそうに見えたわ」
と、だいぶ余裕が出てきたのか、笑いながらそんな話をしてくれたのだが、僕の方は微かに揺れる車の中で、まったく余裕がなく、ただ「はあ、そうですか」を繰り返すだけだった。
やがて、トラックが僕の車を少し牽引してくれて転落寸前の状況から救ってくれるまでに約30分ほどかかった。僕が何度もお礼を言うと、トラックの運転手は「かまへんかまへん」と笑いながら帰っていった。
しばらく、呆然とした後、僕も帰らなければ、と車のエンジンをかけたのだが、妙な音がする。どうやら、斜めになったときにボディの底をすって、何かトラブルが起こったようだった。仕方なく僕は県道まで歩き、バス停の脇にあった電話ボックスからJAFに電話をかけた。
JAFが来るまでの1時間ほど、僕はすっかり寒くなったバス停のベンチに座りながら、山の麓にポツンと停まっている自分の愛車、日産バイオレットと、崩落している車が停めてあったスペースをぼんやりと眺めていたのだった。
そして、車も壊れたし、山の仕事も今日で辞めよう、と決めたのだった。
(ということで、山の仕事は今回で終了です。次回は、女衒オッサンから請けたもう一つのアルバイトの話)
植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、オフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京神楽坂で暮らしてます。
★これまでの植松さんの記事は、こちらからどうぞ。
きゃらめる
こうして生きておられること、何よりです!
いまねえ
山のお話が終わる…寂しい、
と思った間も無く、女衒!!
おお。期待に胸膨らみますわっ。
ワクワク!
uematsu Post author
きゃらめるさん
ありがとうございます。
生きていていいですかっ?
uematsu Post author
いまねえさん
まあ、この女衒おやじは、この後もいろいろとやらかしてくれるのです(笑)
はしーば
毎週水曜のドキドキとも今日でお別れ、と惜しむ気持ちを抑えつつ。
これだけ恐ろしい体験をしておきながら、淡々と語る植松さんがニクい、ニクすぎです(笑)
来週から始まる「女衒のおっさんシリーズ」、更に楽しそう。
思わずニンマリ。
okosama
uematsuさん、短期間で何回死にそうになってはるんですか⁈ 笑
そんで、そんな目に遭ってもまだ女衒おやじについて行くんですか⁈ 笑
マレ
無事のご生還おめでとうございます!やっと胸のつかえが下りました。ふー。
次週、女衒オヤジは何を言いだすのかこりゃまた楽しみ!
uematsu Post author
はしーばさん
女衒のおっさんはシリーズ化できるのか?
う〜ん、ちょっと微妙ですが(笑)
とりあえず、来週をお楽しみに。
uematsu Post author
okosamaさん
なんだったんでしょうね。
あの死にそうな毎日。でも、それなりに楽しかったんですよ。
それに、あの頃はお金がなかったですからねえ。
いまもないんですが(笑)。
uematsu Post author
マレさん
時はバブル前夜。
なんだか、大阪ガスとか、そういう半官半民みたいな会社には、
いろんなものが、うごめいていたんでしょうね。
花緒
なんと!
想像していた以上の恐ろしい結末でした(>_<)
すごい経験をされているんですね~。
uematsu Post author
花緒さん
本人はいたって平気だったんですが、
いま思うと、短期間に恐ろしい目にあってましたねえ(笑)