いまも僕は酒が飲めない。
梅酒のソーダ割りを頼むと、2時間の宴席が終わるまで、ずっとそのグラスを握りしめたままだ。まだ20歳そこそこだった当時の僕はさらに酒に弱く、ビールを一口飲んだだけでたおれそうになったこともあるのだった。
そんな具合だから、夜になると酒を飲む、という習慣もなく、道のバイトで拘束されているときにも缶コーヒーやウーロン茶を飲んでいたのである。
しかし、女衒2号やシンナーくんが同じように下戸なわけがない。悪い奴は酒を飲むのである。そして「酒の勢い」という言い訳をしながら傍若無人に振る舞うのである。
3時間の連続カウントのあと、たった1時間半の睡眠で、再び交通量調査のカウントに戻った僕は寝ぼけ眼だった。しかし、やがて、目が覚めてきたときにふと思い出したのだ。女衒2号の寝息が酒臭かったことを。そして、シンナーくんの枕元にワンカップ大関の空びんが落ちていたことを。
つまり、やつらは酒を飲んでぐっすり寝ているのだ。1時間半前にやつらが起きてきたのは奇跡だ。これから後は、さらに酔っぱらい、おそらくもう起きてくることはない。そう思った僕は絶望的な気分になった。しかし、こちらも一度うけた仕事を放り出すわけにはいかない。というか、いま辞めたら、ギャラをもらえない可能性がある。ここまで、アイツらに付き合って、ノーギャラなんてあり得ない。
その頃になると、「すべてを正確にカウントするなんて無理だ」ということがさすがに僕にも分かってきていた。そして、「ある程度曖昧にやっても、許される誤差の幅があるのだろう」ということも理解できた。
僕はアイツらに頼らない方法を考え出した。食事も、トイレも、仮眠も、すべて自分でやる。という方法だ。
最初は、1時間の平均交通量を数え、寝てしまったときには、そこから割り出した平均値を用紙に書き込んでいようと考えた。しかし、1時間もねばれず、30分間の平均値を割り出して、寝てしまった間は、その数字を書き込んだ。
トイレに行きたくなったら、遠慮せずに車を走らせて、国道沿いのファミレスに借りにいった。もちろん、トイレに入っている間の交通量も最初の30分間で割り出した平均値を書き込んだ。ただし、深夜から明け方にかけて、車の量が減っているというところを考慮して。まあ、考慮してといっても、適当に差し引いただけなのだが…。
食事は明け方から開いている弁当屋で購入。そしてまた元の場所に戻ると、寝たり起きたりしながら、適当に数字を書き込んでいった。
ここまでくると、数字が狂っているかどうかなんて気にならなくなってきた。睡眠欲というのは恐ろしいものだ。アイツらに対する憎しみすら薄らいでくる。
そうこうするうちに、夜が明け、午前6時を過ぎた。
疲労困憊の僕は意識がもうろうとしていた。そこへ、女衒2号とシンナーくんが小走りに僕の方に駆け寄ってくる。
女衒2号「ごめ~ん!寝てたわ~」
シンナーくん「大丈夫?」
ぼく「だ、だ、大丈夫です」
女衒2号「寝て寝て、寝ておいで。あとは僕がやるから」
シンナーくん「ほんまほんま。二人でナンボでもやるから、とにかくぐっすり寝て」
女衒2号「ほんまゴメンなあ。とりあえず、1回寝ておいで。わるかったなあ」
あやまり倒す二人だが、本当に心から謝っているのかどうかはわからない。わからないが、そんなことを気にしている暇があったら寝てしまいたい。僕はろくな返事もせずに、仮眠用の車へと移動し、泥のように眠った。
結果的に、僕はその後、3時間ほど熟睡して、また目を覚ましたのだが…。まさか、目が覚めたときに、あんな現実を突きつけられるとは思ってもいなかった。
植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、オフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京神楽坂で暮らしてます。
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