『オール・ザット・ジャズ』という映画。
1980年の秋。大阪梅田の今はなき三番街シネマという映画館で、『オール・ザット・ジャズ』という映画を見た。当時、僕は確か高校二年生だった。
この頃から、僕は父と折り合いが悪く、同じ家に住みながらほとんど会話を交わさない、という感じだった。もちろん、家を飛び出すほどの気概もなく、面と向かって逆らったりもしない。なんとなく、一緒にいる時間をさけ、なんとなくあれこれ指図されないようにしていた、という感じ。
もっぱら映画館に逃げ込んで、最終まで映画を見て、「部活動に行ってた」などと嘘をいって過ごした。決して映画が好きだったわけではないのだけれど、あの暗闇の中でまったく知らない世界が開ける感覚がとても気持ちよかった。映画代は昼飯代をもらっておきながら、密かに弁当箱にご飯を詰めて持っていき、学食で友だちが食べているカレーやカレーうどんの汁をかけてもらってしのいで、映画代に当てた。
いつもは、地元の駅前の三番館でロードショー落ちの映画を2本立てか3本立てで見るのが常だったが、時にはロードショー作品も見に行った。一番よく行ったのが梅田の映画館だった。三番街シネマには3つの映画館が入っていて、いまでいう単館アート系の作品と角川の大作がごちゃ混ぜに公開されていた。
ボブ・フォッシーがミュージカルの巨匠だとも知らなかったし、ミュージカルそのものにもあまり興味なかった。そうか。主演のロイ・シャイダーがジョーズに出ていた人だ、ということで見に行ったのかもしれない。
正確には、『オール・ザット・ジャズ』はミュージカル映画ではない。ミュージカルの振り付け師であり監督であるジョー・ギデオンという男の物語であり、本当の意味でのミュージカルシーンはない。男の見る幻想や夢としてのミュージカルシーンはあるが、いわゆる、急に歌いながらセリフを言い始める、という場面はない。
僕はこの映画にはまってしまったのだ。破滅型の主人公は酒と煙草と女に明け暮れ、それでもミュージカルと映画の監督までもを同時進行で進めている。咳き込み、約束を違え、浮気現場を見つかっても懲りることがない。懲りることはないのだけれど、自分の人生が最低で、最高に幸せだということは知っている。
高校二年生の僕は、この映画のどこに惹かれたのだろう。今でも年に一度はこの映画をDVDで見る。できればもう一度映画館で見たいと思うのだが、カンヌ映画祭でパルムドールを獲得したこの映画は、なぜか名画座にかかることもあまりないようだ。
小気味よいリズムで映画が始まると、派手な電飾で作られた『ALL THAT JAZZ』というタイトルがこれまた派手にぐるりと回転してくる。ファンファーレ風の音楽が終わると同時に、場面は主人公ギデオンの住んでいる部屋。洗面室でラジカセのボタンが押されると、ビバルディが流れ、ギデオンが目薬をさす目玉のアップ。そして、きつい鎮痛剤をグイッと飲むと、鏡に向かって両方の手を開いておどけて見せながら「さあ!ショータイムだ!」と自分に向かって言葉をかける。
僕はたぶん、この後何度もリフレインされるこのシーンにやられてしまったのだと思う。映画はこの後、ブロードウェイのオーディションシーンへと流れ込むのだが、もし、その前の「さあ!ショータイムだ!」がなければ、このオーディションシーンの魅力は半減したのだろうと思う。
おそらく、主人公のギデオンが破滅型の人間であっても、作品を作るという一点で前向きで才能のある人間である、ということがわかるからだと思う。ビバルディを聴きながら、自分を鼓舞することで制作の現場へ向かう、その向かう先がこのブロードウェイだということが見事に表現されているのである。
それはつまり、知性から生まれるすごみなのだと思う。
この映画を見てから数年後、ボブ・フォッシーが亡くなったというニュースを聞いたのだが、おそらく『オール・ザット・ジャズ』を監督していたときには、かなり体調が良くなかったのではないだろうか。そんな切羽詰まった状況を必死で笑い飛ばそうとしているような場面が続き、映画は主人公自らの死へと向かう大団円を迎えるのである。
どこまでもシリアスで、どこまでもユーモラス。生と死が表裏一体で綴られている『オール・ザット・ジャズ』は高校二年の秋に見たあの日から、僕のとても大切な映画になった。
ギデオンがストレッチャーにのせられて手術室へと向かうシーン。すぐそばに元女房と今の恋人がちゃんと付いてくれている。元女房のほうに顔を向けて「もし、助からなかったら、今までありがとう」。そして、恋人のほうに顔を向けて「もし、助かったら、これからもよろしく」。いいセリフだなあ。
僕は、このセリフを風邪で熱を出したとき、検査入院をするとき、いたるところで、いまのヨメさんに結婚前から散々使い倒していたのだけれど、後々、この映画のDVDを見ている時にネタバレしてしまった、という過去を持っている。
植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、オフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京神楽坂で暮らしてます。
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れこ
植松さんの文章を読んでいてもたってもいられなくなり、
この作品を早速レンタルして観ました。
夢と現実がコラージュとなって繰り返される様や、
ダンサー達のしなやかな身のこなしに見入りました。
中でもグッと引きつけられたのは、
元妻との間に生まれた娘と、今の恋人が
主人公のために部屋で踊るシーンです。
まずちょっとない組み合わせだし、
サプライズでこんなことされたら泣きます。
ジャズプレイヤーの生涯を描いた映画は結構観てきたはずなのに、
この映画はノーマークだった…と思っていたら、
“all that jazz”は「あれやこれや」を意味するイディオムなんですね。
最近の映画は90分ちょいで終わるものが多い気がするのですが、
この映画は120分超、それでも頭から終わりまで
ずっと楽しむことができました。
ストレッチャーネタ、私もいつか使おうっと。
uematsu Post author
れこさん
『オール・ザット・ジャズ』を見てくださって、ありがとうございます!
いや、なんだかうれしいなあ。
見てもらいたくて、書いていたりするんですが、
実際に見てくださったというコメントは思いの外うれしいものですね。
僕も娘と恋人が踊るシーンが好きです。
あの映画を初めて見た高校生の頃、
何を思ったのか、「僕の映画を見つけた!」という感覚がありました。
「僕の映画」というのは、もちろん、
僕の気持ちを代弁しているとかではなく、
僕が待ち望んでいた映画、という意味なんですが…。
いま思うと、高校生でこの映画に興奮して、
クラスのみんなに「見てくれ!」と叫んでいたのは、
さすがにちょっとへんな奴だったかもしれません。
でも、いまだに年に1度は、『オール・ザット・ジャズ』を見て、
その度に、面白いと思える場面が増えるので、
本当にこの映画に出会えてよかったなあと思います。
何年かに一度見返す映画は、
『ゴッドファーザー』と『オール・ザット・ジャズ』くらいです。
nao
私は大学生の頃にこの映画を観ました。
とても衝撃的だった、記憶はあるのですが中身はすっかり忘れてました(笑)
「byebye love♪」と歌いたくなりますが。
本当にお金がない貧乏学生だったのですが
高校生料金で前売り買って、ほんのときたま映画館へ行きました。
あの頃封切りのロードショーは2本立てだったなぁ。
私もレンタルビデオを借りてこよう!
nao
あ、今検索してみたら、
byebye life だったみたいです。
長年間違ったまま覚えていました。
小関祥子
「オール・ザット・ジャズ」わたしも好きです。
華やかなのに寂しい感じがたまらず、映画の中のボブ・フォッシーを見て
「バカ! そんなことしてたら早死にするんだから!!」とはらはらし、
実際、彼が早くにこの世を去ったと知って納得したような、むなしいような気持ちになりました。
uematsu Post author
naoさん
そうでした。洋画の2本立てロードショーってありましたねえ。
この映画のラストの曲は『バイバイ・ラブ』の替え歌で『バイバイ・ライフ』になってました。
なので、どっちも正解だと思います。
あの頃、映画の前売り券を買うと、チケットに映画のタイトルや写真が印刷されていて、
それも集めたりしていました。
いまは、前売り買うと、劇場で当日交換しなければいけなかったりするので、
余計に面倒くさくて、ほとんど買うことがなくなりました。
というよりも、女性同伴で行く時には、夫婦50割引が使えるので、
事務所のデザイナー女史も、ときおり夫婦に化けて一緒に見に行きます(笑)。
uematsu Post author
小関さん
あの映画はインテリ無頼の映画だなあと思います。
インテリなんだけど、インテリ故の強さをもった無頼漢が主人公。
後先考えず、自分の舞台の実現に向かったひた走っていく感覚がたまりません。
アカデミー賞が発表されましたが、
あの時、アカデミー賞の記録をWikipediaで見ると、
本当にすごい映画ばかりが並んでいて、改めてビックリしました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/第52回アカデミー賞
作品賞、監督賞、主演男優賞、助演女優賞などが「クレーマー、クレーマー」、撮影賞が「地獄の黙示録」
で、『オール・ザット・ジャズ』と言えば、編集賞、美術賞、衣装デザイン賞、音楽賞と、
ちょっとお茶を濁された感じですね。
あ、でも、カンヌをとると、アカデミー賞をとれない、とか言われることが多いので、
全体的にはバランスがとれているのかもしれません。
この年(1980年)のカンヌのパルムドールは、「オール・ザット・ジャズ」と「影武者」だったんですねえ。