杖で殴る妻、殴られながらなじる夫。
この前の土曜日。谷中銀座の入り口あたり。
いくつくらいなんだろう。たぶん、七十代の真ん中あたり。杖をついた奥さんと、どうやらしたたかに酔っ払っている旦那さんが二人で歩いている。
でね、なんか旦那が言ってるのよ。というか、ぼやいているというか、くだを巻いているというか。するとね、ほんのちょっと遅れて後ろを歩いていた奥さんがね、バシン!バシン!とね、酔っ払った旦那さんの向こうずねのあたりをね、杖で叩いたんだわ。
さすがに痛かったとみえて、旦那さん、ちょっと足を引きずりはじめた。そして、後ろを振り返り振り返り、奥さんに向かって「なにしやがるんだ!このアマ!」ときた。このアマ、なんて何十年ぶりに聞いたセリフだろうか。
そして、この夫婦。この後、谷中銀座の入り口あたりから、地下鉄メトロの千駄木駅方面に向かって、奥さんが杖で叩く、夫がなじる、という攻防を繰り返しながら歩いて行くのである。
面白い、面白すぎる。これはついて行くしかない。と、僕たちは…、あ、そうなんです、僕単体じゃないんです。僕と嫁とそして友人の三人。三人ともこういうのが好物なんで仕方がない。この夫婦の後をついて歩くのである。というか、僕らも帰りが同じ方向だったので、わざわざついて行ったというのではなく、歩調を合わせたくらいなんだけども。
いやまあ、旦那、かなり酔ってるなあ。奥さん、ひと言もしゃべらないけれど、えらく怒ってるんだろうなあ。だって、殴っている杖の一振り一振りがえらく強い。こんな具合に殴られたら、かなり痛いはず。それが証拠に旦那さん、足引きずっちゃってるし、えらそうに文句言いながらも、奥さんの距離を確かめるために後ろを振り返り振り返りしているし。
それでも、旦那はぶつくさ文句を言い、奥さんが隙を見ては杖で殴るという攻防が続くのであった。そして、この攻防はいつ終わるのだろうかと誰もが思ったその瞬間、いきなり最後の時は訪れたのである。
いきなり、旦那が立ち止まったのである。かなり杖による攻撃が効いてきて、もう歩けなくなったのかもしれない。旦那は意を決したように立ち止まり、奥さんも旦那に呼応するかのように歩みを止めたのである。
そして、旦那は勢いよく人差し指を立て、奥さんを力強く指さして叫んだのである。
「きさま~!!!」
おお、これはどうなるのか。まるで映画で見る軍人のようなセリフ。き、き、きさまって。すると、旦那はさらに声を張り上げて、続けたのである。
「きさま~!!!ゲット!アウト!!!」
ええっ!?いきなりの英語!きさま~、からの、ゲットアウト!さすがに予測がつかなかった。おそろしい!そして面白い!まさか、谷中で「きさま~」が聞けるとも思わなかったし、「ゲットアウト」が聞けるとも思わなかった。
しかし、冷静に考えると、この夫婦、普通に夫婦げんかをしているだけなのである。そして、夫婦げんかは犬も喰わないと言われているのに、こんなにも面白い。喰わないどころか、大好物のオンパレードである。
どうせ、夫婦げんかをするなら、人から面白いと思われるようなやつをやらかさないとなあ、と思う早春の夜であった。いや、嘘、夫婦げんかはやっぱり邪魔くさいので、したくない。
植松さんとデザイナーのヤブウチさんがラインスタンプを作りました。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、神楽坂にあるオフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。
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