背中にドラゴン、ひとっ風呂。
土曜日か日曜日の午前中。
東京にいるときには、朝起きて気が向くと近所の銭湯に行く。
この銭湯はスーパー銭湯でもないし、歴史はそこそこあるけれど、そんなに昔ながらの風情もたたえていない。どちらかというと、下町にあるごく普通の銭湯だ。
なので、入りに来るのは近所の人たちがほとんどで、年配の人たちが多い。特に休日の午前中はそれほど混まずに、ゆっくり出来るので、とてもありがたいのだ。
東京の銭湯はとにかく熱い。初めて入ったときは、正直、この風呂に入るのは頭がどうかしているのではないかと思うくらいだった。だいたい42度くらい。ひどいところになると、43度とか44度とか、やけどするぞと思うくらいだ。
それでも、42度に慣れてくると、熱い湯にさっと浸かって後は湯舟の縁に座って、ぼんやりするのが気持ちよくなってくる。風呂上がりにはおきまりのコーヒー牛乳。そして、マッサージチェアに座って、しばし背中や腰をぐりぐりしてもらう。
さて、そんな風呂屋に先日もいたのである。熱い風呂を出て、コーヒー牛乳を飲んで、マッサージもして、ベンチで新聞を読んでいたのである。すると、女風呂からおばさんが一人でてきた。
「たいへんよ。あれは言わないといけないわよ」とおばさん。
「どうしました?」と受付にいたおじさん。
「いまお風呂にいる女の子がね、入れ墨入れてるのよ」
「ああ、そうですか。タトゥーですか」
「タトゥーなんて可愛いもんじゃないわよ。あれはもう入れ墨よ。モンモンよ」
「そうですか」
「そうですかって。もう怖いのよ。なにしろ、背中一面、竜よ!ドラゴンなのよ!」
「なるほど。でも、あれなんです、うち禁止してないんですよ」
「なにを?」
「だから、入れ墨とかタトゥーとか」
「えっ!そうなの?いまどき、どこも禁止なんじゃないの」
「いやもう、古くからの銭湯だし、下町なんで、墨を禁止しちゃうと、昔からのお客さんが入れなくなっちゃうから」
「あら、そうなの。でもね」
と、おばさんが言いかけたときに、女湯から色の白い、背の低い、ちょっとやせ形の……こう言ってはなんですが、ちょっと大人しそうな、不幸そうな、たとえば、飲食店とかスーパーとかで働いていても、覇気のなさそうなというか、クレーム言いそうな客につけ込まれそうな、そんな女性が出てきた。
なんていうかなあ。どちらかというと、きれいな顔立ちなんだけど、貧乏くさそうというか、幸せから縁遠そうな、そんな人なんです。タトゥーとか入っているように、全然見えない。ましてや、背中一面に竜の入れ墨なんてイメージが全くない。
だけど、その人が出てきたとたんに、おばさんが黙り込んだんだから、きっとその人なんでしょう。僕はまじまじとその人の背中を見つめてしまった。白いシャツに上に、薄い色のカーディガンの着ていたのだが、なんだか、そこに竜の絵が浮かんできそうな気がして、じっと見つめてしまったのだった。
入れ墨禁止じゃないって言われてるし、女の人も出てきたことだし、ということだろうか。さっきまで気勢を上げていたおばさんも、急に黙り込んで、そそくさと帰り支度を始めた。僕は、おばさん越しにその女の背中を眺めていたのだが、眺めながら「ああ、きっとさっきおばさんがあんなに大きな声で話していたんだから、きっと女湯の脱衣所まで聞こえていたんだろうな」と思い至ったのだった。
それでも、脱衣所を出て、意にも介さない顔で下駄箱で靴を出している後ろ姿を見ながら、僕は、これはなかなかだぞ、と思うのだった。なにが「なかなか」なのかよくわからないのだが、「なかなか」だと思ったのだからしょうがない。
そんなことを考えていたら、ふいに、その女の人がスニーカーのかかとを指で引っかけながら、こちらを見たのだ。一瞬、目があった気もするのだが、その時の表情がいかにも穏やかで、僕の方は視線をそらせる間もなかった。
植松さんとデザイナーのヤブウチさんがラインスタンプを作りました。
ネコのマロンとは?→★
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、神楽坂にあるオフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。
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はしーば
なんだか、ぞくっとしますね。
大竹しのぶ演じる映画のようなワンシーンを思いうかべました。
uematsu Post author
はしーばさん
ほんと、ぞくっとしました。
確かに大竹しのぶなら、うまく演じてくれそうです。