サンマルクカフェ、おばちゃんの小さな反乱。
ご近所のサンマルクカフェは、混沌としている。そこそこ混んでいる上に、席と席が近い。ある一角は昔の町医者の待合のようにお年寄りが日がな一日うだうだとしている。ある一角はビジネス交流会のように名刺が手裏剣のように行き交っている。ある一角は明らかにWebデザイナーがWordPressのテンプレートが言うことをきいてくれなくて頭を抱えている。ある一角では生命保険の申込書にいままさに判子が押されようとしている。
経験上、中途半端に静かなカフェよりも、ここまで混沌として雑然としてる場所のほうが仕事がはかどったりもする。ということで、いまも僕はご近所のサンマルクカフェでこれを書いている。
馴染みというほどでもないけれど、週に一度は訪れているので、だいたいの店員さんの顔は覚えている。外で会ってもわかるぞ、というところまではいくかいかないか、というくらいに覚えている。
この店には一人、おそらく五十代の終わりから六十代のはじめくらいという女性スタッフがいる。この人は少々どんくさい。どんくさいというよりも、年相応に反射神経が少し鈍い。ただし、日頃の業務には支障が無い程度に。でも、ポイントカードをちゃんとくれたり、どんなに忙しくてもチョコクロを温めてくれたりする優しいおばさんである。
ただ、レジ前に長蛇の列が出来ていても優しい対応なので、周りのスタッフが少しイライラする。サンドイッチを袋詰めしながら、並んでいる客のオーダーを聞けばいいのに、どっちかしかできない。すると、若いスタッフがしびれを切らしたように「オーダーも聞いてくださいね」と声をかける。「はい!」と勢いよく返事をして、「お客様、ご注文は?」と聞いてくれるのだが、今度はちょっとばかり耳が遠いのか、客の注文を何度も聞き返す。
というような場面が、日夜くり返されるのである。客として見ている分には別に問題はない。店員同士がケンカをしているわけでもないし、客に迷惑をかけるほど、業務が滞っているわけでもない。ただ、若いスタッフが少しイラッとしてる場面に出くわすと、少しハラハラする。「おばちゃん、気付いているかい? あの若い子がおばちゃんにイラッとしているよ」と勝手に心配してしまう。
明らかに、おばちゃんと同年代か少し下くらいの年齢なので、僕はおばちゃん側に立って、ハラハラしてしまうのだ。しかし、若いスタッフもおばちゃんのことが嫌いなわけではない。普段はにこやかに会話しているし、イラッとしているときにも、怒っているというよりは、困り顔になっていることでそれはよく分かる。
そして、今日。おばちゃんはいつものように、若手を少しイライラさせてしまっていた。いつもなら、おばちゃん、そこに気付かず淡々と仕事を進めて、やがて若手がイライラを鎮め何事も無かったかのように平穏が戻るのである。
ところが今日は少し違った。いつものように若手をいらつかせた後、平穏が戻った直後、若手に向かっておばちゃんが言ったのだ。「ほんと、いつもどんくさくてゴメンね〜!」と。かなり大きめの声で、なんとなく恥じ入ったような媚びたような微笑み一杯の表情で。いつも、二人を見守っているわけではないので、おばちゃんがこんなことを言うのは初めてだという確証はない。でも、若手の驚いた表情を見れば、おそらくそれが意外な対応だったことは間違いないだろう。
いらつかせた相手に、「いらつかせたことには気付いているのよ。ごめんね」という切り返しをしたということで、おばちゃん、ずっと相手がイライラしていることに気付いていたし、気付いても気付かぬふりで淡々と仕事を進めていたのだ、ということが判明してしまったのである。
言われた若手女子は、一瞬呆然とした後、「いえ」と小さな声で返事をして、何事もなかったかのように業務に戻る。しかし、コーヒーを用意しながら、注文を聞きながら、おばちゃんの動きをちらちらと見る。おばちゃんはこの日のシフトが終わったのか、スタッフと書かれた扉の向こうに消えると、私服に着替えて出てきた。
「お疲れさまでした!」
と、妙に明るいおばちゃんの声。一瞬、今日でおばちゃんが辞めるのかと僕は思った。辞める前に一発かましたのか?と思ったのだった。しかし。
「じゃ、また明日」
違った。おばちゃんは明日も来るのだ。これは明日も来なければ、と下世話な僕は考えてしまう。でも、明日来たところで、おばちゃんは今まで通り、少しどんくさくて優しい接客を続けるのだろう。そして、若手女子は一生懸命に接客しながら、ときどきおばちゃんにイライラするのだろう。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在は、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師も務める。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。サイト:オフィス★イサナ
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Jane
おばちゃん、とろくて若手にイライラされるところも、イライラされているのを分かっていてもマイペースでやらざるを得ないのも私と一緒だけど、この切り返しはなかなか誰にでもできることじゃありませんよ。おばちゃん上級者。私は真似したいけどキャラがついていかない。真剣な顔で敬語で謝っちゃって卑屈さと悲壮感漂よわせそう。
uematsu Post author
Janeさん
僕もこういうとき、きっぱりしすぎて、逆にうまくいきません。
卑屈さと悲壮感をただよさせてしまいそうなのは、一緒です(笑)。