雨上がりの水たまりに映る顔
僕が子どもの頃、アスファルトで舗装されていない道がまだまだ多かった。国道や県道はアスファルト舗装されていたが、学校への行き帰りに通る通学路は砂利道がほとんどで、雨が降ると泥まみれになったり大きな水たまりが出来たりしていた。
朝、土砂降りの中を学校へ行き、濡れた靴下で一日を過ごし、下校時にはすっかり晴れていた、というある日。小学生だった僕たちは、水たまりのなかに、わざわざ運動靴のままで飛び込んで遊んでいた。叫びながら水たまりに飛び込み、泥水をはね散らかし、また次の水たまりに向かって走っていく。たったそれだけのことが楽しくて楽しくて仕方がなかった。
そんな遊びをしながら帰っていると、家の近くに来たときに1人の女の子が水たまりのそばにじっと立っているのを見つけた。誰だろう。見たことはある。近くに住んでいるかもしれないけれど、家を知っているというほど近くはない。学校もたぶん同じはず。だけど、同じ学年だったら絶対に知っているはずだから、おそらく違う学年。体格からすると、ひとつ下くらいの学年かもしれない。
そんな女の子が、水たまりのそばに立って、じっと足元の水たまりを見つめていたのである。ずっと、水たまりに飛び込んでは次の水たまりに突っ込んでいく、という遊びを続けながら帰ってきた僕としては、次に飛び込むべき水たまりは、その女の子が佇んでいるその水たまりなのである。
友だちとはあちらこちらの路地で別れ、その時、僕は一人だった。後は家に帰るだけ。その家に帰るまでにあといくつの水たまりに突っ込めるかが僕の勝負なのであった。しかし、その一つに女の子が佇んでいる。
僕はゆっくりとその女の子に近づいて、女の子が何をしているのかを確かめようとした。さすがの僕もいきなり人がのぞき込んでいる水たまりに飛び込むほど、デリカシーのない人間ではない。ゆっくり近づいて、女の子がなにをしているのか、眺めて見た。
女の子は何もしていなかった。ただただじっと水たまりを見ていたのである。僕は飛び込もうかどうか悩んだ。飛び込んでもいいなら、飛び込みたい。飛び込んで泥水をはね散らかしたい。しかし、事情があるなら、この水たまりは飛ばしてもかまわない。し、し、しかし、出来ることなら。
思い悩んだ僕は女の子に聞いたのである。「ここで何をしているの」と。すると女の子は答えた「水たまりもじっと見ていると顔が映るの」と。女の子はこの濁った水たまりがふたたび落ち着きを取り戻し、泥が沈殿し、水面に顔が映るのを待っていたのだ。それは女の子が体験で知った知識かもしれないし、お父さんだかお母さんに教えられた知識なのかもしれない。けれど、僕だってそれくらいのことは分かった。少なくとも、女の子が「水たまりもじっと見ていると顔が映るの」と言った途端にその意味は瞬時に理解出来たのだった。
僕はしばし悩んだ。そして、悩んだ挙げ句、その女の子がじっと見つめている水たまりに勢いよく飛び込んだ。キャ!と叫ぶ女の子。顔も見ずに逃げようとする僕。足元ではねる泥水。静まろうとしていた水たまりが、大きな波紋を描く。そして、それを見ながら、僕の頭のなかで「しまった」という叫び声があがる。
ああ、またやってしまった。女の子が見ている水たまりくらい、ひとつ飛ばせばいいじゃないか、と思うのだが、飛ばせなかったのだ。女の子の気持ちを汲むなんて恥ずかしいことができるわけがない、というなんだか意味不明な理由で、僕は水たまりに勢いよく飛び込み、そして、恥ずかしさにそこから逃げ去ったのである。
その女の子に関しては後ろ姿を思い出すばかりで、顔はまったく思い出せない。そして、その後、学校で会うことがあったのか、通学路で会うことがあったのか、など、まったくなにひとつ思い出せないのである。
ということで、梅雨の季節になると、僕はこの出来事を思い出し、あ〜あ、とため息をつくのである。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在は、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師も務める。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。サイト:オフィス★イサナ
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あんず
楽しくてたまらないのか!
孫、3歳、男の子 がわざわざ水溜りに走りこみます。
入るな!言うとんのに。
公園の階段は脇のすきまを通る。
危ない!言うとんのに。
動いているぶらんこから飛び降りる。
止まってから降りるよう言ったやさきに・・・・・・・・
理解不能でしたが、楽しくてたまらなかったんだ、とは。
もう、男の子っちゅうやつは・・・・・・
せめて、女の子の気持ちを汲むことは
恥ずかしいことではない、
人生においてはすごく重要なことだと、
教えてみようと思いますw
uematsu Post author
あんずさん
ぜひぜひ教えてあげてください。
でも、きっと無駄だと思います。
女の子の気持ちを汲むということを親に教えられても、
きっと動揺するばかりで、実行に移せるようになるのは、
本気で女の子と付き合いたいと思えるまで、
待たなければなりません(笑)。
あと水たまりに突っ込んでいくのは、
楽しいと同時に、水たまりが、
男の子を呼ぶからです(笑)