ホン・サンスという才能。
韓国の映画監督、ホン・サンスの新作が公開されている。約66分の中編『イントロダクション』と85分の長編『あなたの顔の前に』の2本。同時公開で同じ映画館で、2本立てではなくそれぞれの席を確保して2本立てのような感覚で見てもらうのはいちばんいい。順序としては『イントロダクション』を見てから『あなたの顔の前に』。どちらか1本ということなら『あなたの顔の前に』をお勧めする。
『イントロダクション』は1人の青年のモラトリアム期によくある出来事を三つ並べて紹介するという構成で、特に大きな事件もなく、驚くようなオチがつくこともない。しかし、まるで夢をみているように、自分の若い日の事を回想してしまうような作りになっていて、さすがホン・サンスの面目躍如といったところ。そして、たまらなく愛おしい時間の流れを体験することができる。
『あなたの顔の前に』は女優として活躍していた中年女性が主人公。彼女が突如帰国して、妹と「もう、韓国に戻ってこようかしら」などと話しているところから物語はスタートする。いつものホン・サンス節炸裂と言っていいほどのテンポ。だらだらとして会話が続けられているのかと思いきや、あとで思い返すと「ああ、そういうことか」という微妙な緊張感が背後に忍ばされている。観客がそのことに気付かないほど繊細なので、繊細さも感じさせず、うまいとも感じさせない。そこがホン・サンスだ。
長い間、ホン・サンスを見てきたけれど、これほど見事だなあと思った作品はなかった。特に『あなたの顔の前に』はホン・サンスがあえて避けてきたように思える心を揺さぶる場面を、心を決めて取り込んだ感がある。もちろん、彼のことなので一筋縄ではいかないけれど。
ああ、誰か見てほしい。そして、ホン・サンスの新作について語りたい。なんなら、来年も映画の学校でゼミをやるなら、「ホン・サンスを面白いと思う奴だけ」というルールを決めたいくらいだ。
『イントロダクション』は2021年の第71回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(脚本賞)を受賞。2022年の新作も第72回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員大賞)を受賞して、ホン・サンスは3年連続のベルリンで銀熊賞を受賞した。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。現在はコピーライターと大阪ビジュアルアーツ専門学校の講師をしています。東京と大阪を行ったり来たりする生活を楽しんでいます。