欲望のいう名のバス。
バスの奥の方の席はたいてい2人掛けになっている。そして、2人掛けだが間仕切りはなくなんとなく「半分ずつですね」と互いに気を遣いながら座ることになっている。
ま、気を遣えない人もいるので、たまにすごく狭い空きスペースに遠慮がちにお尻の半分だけを落ち着かせたり、奥の席にぎゅと押し込まれたりする。まあ、それでもお互い譲り合っている姿には違いない。
でも、たまに2人掛けの席に他人が来ないように防御する人がいる。これはもう老若男女あまり差はない。なんとなく年配者の方が多い気もするが気のせいかもしれない。
で、この防御の仕方には3パターンある。1つは2人掛けの席の奥に座って、手前に荷物を置くというパターン。そして、もう1つが2人掛けの席の真ん中に座るというパターンである。ただ、この2つにはいざとなったら荷物をどかしたり、お尻をずらして、「あら、気付きませんで」と言い訳しながら、自分が悪者にされるという状況を回避できる逃げ道がある。
ということで、なかなか腹が据わっているパターンが、通路側に座って奥の席を確保するというパターンである。これは、もう見るからに「私は隣に誰も座らせませんよ」というムード満載で、最初からケンカ腰である。そして、ケンカ腰の人に挑んでいく人など皆無なので、周囲の人たちは「そこまで、隣を空けたいのかねえ」と思いつつも、目も合わせないようにする。
さて、そんな女史が僕の目の前にいたのである。そして、そんなケンカ腰を見逃さないおばさまがいたのである。
「あなた、ちょっと詰めてちょうだい」
「わたし、次の次で降りるので」
「じゃあ、奥に座るから一回立って」
「もう少し待てばいいじゃない」
「足が痛いのよ」
と言ってる間にバスが次のバス停に。そこで、すぐ近くの席のおじさんが降りて、一つ空席に。
「ほら、あそこが空いたじゃない」
「いいえ、あなたの言い方が気に入らないので、ここに座ります。あなた、この次で降りるなら、あなたがあそこに移動しなさい」
「なんなの、このおばさん」
「あんただっておばさんでしょ。歳変わんないわよ」
「変わるわよ」
ここまでくると、もうよくわかんない。最初はおばさまの味方的な空気だった車内も、だんだん2人が見えていないかのような雰囲気に。
と言っている間に、バスは女史の目的地に。すると、女史はおばさまを押しのけるように、スクッ!と立ち上がり、「じゃま!」と言い捨ててバスを降りる。
残されたおばさまは、窓の外を睨みつけたまま、席には座らず、終点まで立ったまま乗車したのだった。
僕にはこのおばさまの気持ちがものすごくわかる。肩を叩いて、よくやった、と声をかけたいくらいだ。バス停からJRの駅をつなぐ歩道に降りた彼女は深いため息を一つついてから颯爽と歩き始めるのだった。僕はその後ろ姿を見送る。なかなかに、ヒールが高い。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。現在はコピーライターと大阪ビジュアルアーツ専門学校の講師をしています。東京と大阪を行ったり来たりする生活を楽しんでいます。