どこで死ぬかということ。
ここしばらく、気になっていた場所をあちこちたずねている。高野山に行き、箕面の山に登り、出石でそばを食いつつお参りし、福知山と京丹後を巡り、萩・津和野から島根へと走って城を眺めたりする。
なにをしているのだ、という皆様方からの疑問は置いておいて(置いとくんかいっ!)、とにかく、あちこちへ足を運んでいるのである。そして、どこへ行っても泣きそうになっている。なんだか、ずいぶんと遠回りをして、結局、こんなところに探していた物があったのか、という気分になる。素晴らしい景色があり、明るい笑顔があり、健康的な陽差しに満ちている。
なのに僕はこれまで、なぜ、そんな明るい日差しのあたる場所ではなく、ひねくれて、妬みや嫉みが渦巻いているような場所にばかり目を向けてきたのだろう、という気分になってしまう。いや、僕自身は実はそれなりに素直で、それなりに明るくて、それなりにポジティブなんですよ。ほんとに。だけど、ついつい、世の中を斜めに見てしまうようなクセというかサガというか、そんなものがある。でも、そんな僕でも、どうせ死ぬなら、明るくポジティブな場所で、前向きな言葉をかけてもらいながら死にたいもんだと思う。
つまり、どこで死ぬのか、ということは、どこで生きるのか、という話なのである。そして、行くところ行くところ、ここに住みたいと思ってしまう。困ったもんだ。中二病と同じように、ここではないどこかを探し求めているのかもしれない。いや、もしかしたら、ここではないどこかを求めるくらいに前向きになってきたということなんだろうか。
どちらにしても、色んな土地をたずねることで、僕自身のなかに変化が起こっていることは確からしい。
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植松事務所
植松雅登(うえまつまさと): 1962年生。映画学校を卒業して映像業界で仕事をした後、なぜか広告業界へ。制作会社を経営しながら映画学校の講師などを経験。現在はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクターとして、コピーライティング、ネーミングやブランディングの開発、映像制作などを行っています。
okosama
uematsuさん
それはもちろん「前向きになってきた」に違いない!
で、何をしておられるのです?
萩・津和野、島根方面は私も訪れたいところなので気になるー。
uematsu Post author
okosamaさん
そう言っていただけるとなんだかホッとします。
なんだか自分たちのルーツはなんなんだ!という気分になって爺様や婆様から聞いた話などを確認したりするために、あちこち回っているのです。