ヴィム・ヴェンダースの新作映画『PERFECT DAYS』を見て。
いつまでも終わらなければいいのに。ヴィム・ヴェンダースの新作映画『PERFECT DAYS』を見ながらずっとそう思っていた。なにか特別なことが起こるわけでもないのに、トイレの清掃をしている男の日々が愛おしい。いや、正確には毎日小さいけれど見逃して欲しくはない変化が訪れ、主人公の平山が目を細めてその変化を愛でている。その様子がとても大切な時間の連続となって、見る者の心を少しずつ満たしていってくれる。
この映画は渋谷区内の公共トイレをリニュアルするというプロジェクトがあり、そのPR映画を撮ろうとしたことが、きっかけとなったらしい。制作側は短編オムニバスを計画していたらしい。白羽の矢を立てられたヴェンダースも、アート作品として短編を予定していたというのだが、実際に日本に滞在して目の当たりにした公共のトイレのきれいさや折り目正しいサービスに感動して、新たに長編としてにストーリーを生み出したという。カンヌ映画祭で、主演の役所広司は最優秀男優賞を受賞、作品もエキュメニカル審査員賞も受賞した。
役所広司が日々トイレ掃除をし、きれいにしたトイレを満足げに見る視線や、休憩中にポケットカメラを向ける木々の揺らめき。トイレの隙間に隠された紙切れで行われる小さなゲームのやり取り。同じように起き、同じように働き、サンドイッチを食べ、銭湯に行き、古本を買い、行きつけの店でビールを飲む。平穏な暮らしのなかにも、人と出会う。時には迷惑をかけられたり、とんでもない場面に出会ったり、一緒に歌ったり、語り合ったり、ハグをしたりする。主人公、平山の毎日を見ていると、僕たちもきっと本当はこんなにも豊かな時間を過ごしているはずだと思わされる。
映画『PERFECT DAYS』は何かを教えてくれる映画ではなく、気付かせてくれる映画だ。思い返せば、これまでに見てきたヴェンダースの映画はみんなそうだった。『ベルリン天使の詩』も『パリ・テキサス』も、人の営みの愛おしさを僕たちに気付かせてくれる映画だった。
今年も一年間、読んでくださってありがとうございます。タイミングが合えば。ぜひこの木漏れ日のような映画をぜひ見て欲しいと思い紹介しました。来年は辰年、みなさんにとっても僕自身にとっても飛躍の年になりますように。そして、心穏やかな木漏れ日がいつも差し込むような毎日でありますように。
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植松事務所
植松雅登(うえまつまさと): 1962年生。映画学校を卒業して映像業界で仕事をした後、なぜか広告業界へ。制作会社を経営しながら映画学校の講師などを経験。現在はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクターとして、コピーライティング、ネーミングやブランディングの開発、映像制作などを行っています。