親と子:てばはち
先日、ちょっと大きな病院へ。
待合室で診察を待っていると、ちょっと離れた席に母娘と思しき二人が座りました。お母さんは80代くらい、娘さんは50代半ばといった感じです。
しばらく黙っていたけれど、お母さんが口を開きました。
「薬は30日分もらってちょうだい」
娘さんが軽くため息をつきました。
「だから、今回は28日分なんだってお医者さんが言ってたでしょ?」
こんなふうに、年のいった親が物事をなかなか理解しないことはよくあります。
ちょっとうんざりしたような空気をはらんだ娘さんの返答に、お母さんは押し黙りました。
5分後、お母さんがまた言いました。
「薬を30日分もらってちょうだいね」
娘さん、今度ははっきりとわかる深いため息をついて言いました。
「だからぁ…」
そして3分後、「薬を30日分…」
ああ、お母さんはおそらく軽い認知症を患っている。
娘さんの語気は最初のそれとはまったく違っていて、苛立ちと怒りと、少しの悲しみが入り混じったものに変わっていました。
「何度言ったらわかるの?!薬は28日分なの!もう静かにしてよ」
泣きそうな、それでいて悲鳴のような声。
お母さんはそのままソファの上に横になると、体を小さく丸めました。
ソファで体を丸めるお母さんはとても可哀想に見えて、一瞬私は「そんなにきつい言い方をしなくても」と思ったのですが、すぐにはっとしました。
私はこの場面を知っている。
そう、それは少し前の母と私でした。
数日後、妹にその出来事について話しました。
娘に叱られて小さくなってしまったお母さんが可哀想だったこと。でも、おそらく毎日何度も同じことを言われ、何度説明しても理解してもらえない娘さんの気持ちも痛いほどわかるということ。
すると妹は言いました。
「お姉ちゃんは優しかったよ、お母さんに」
そうか、この人は知らないんだ。
私が、母と何時間も怒鳴り合ったこと。
頑として薬を飲まないと言い張る母の頭に粉薬を浴びせかけたこと。
知らないんだ。
私の気持ちを見透かしたように妹が続けました。
「お姉ちゃんさ、弱ってるお母さんを怒鳴りつけたりはしなでかったでしょ?お母さんが強い時にしかやり合わなかったでしょ?まぁ、あの人はいつでも強いけどね。それって対等な喧嘩なんじゃないの」
なるほど。
たしかに、私が怒鳴っている時は母も怒鳴っていたっけ。一方的に責め立てたことはない。
「そのお母さんと娘さんも、もしかしたら2人にしかわからないバランスがあるのかもしれないよ。傍には乱暴に見えても、当人たちには大したことではない場合もあるからね」
この人は、時に、ぐうの音も出ないほどの正論をさらりと言ってのけるんだよなぁ。
でも、たとえ相手がその瞬間は弱っていなくても、明らかに自分よりも小さく弱くなった母親に対して強い言葉を投げつけてしまった娘は、心の奥の方にちくりとした痛みを抱え続けて、自分を責めるのですけどね。
さて、今日の一品は『てばはち』です。
何だそれ? 鶏の手羽先と破竹を甘辛く煮たものです。手羽先と破竹だから『てばはち』。
まだ今よりもずっと強かった頃、母は普通のたけのこと鶏肉を甘辛く煮たものを作りました。先日、友人から破竹を沢山もらったので、ふと母の味を思い出して手羽先と煮てみました。
てばはち
- 破竹は皮に縦に切り目を入れて皮をむき、鍋に入りやすい長さに切ります。
- 大きな鍋に水をたっぷり入れて、1の破竹を入れ、吹きこぼれに注意しながら10~15分茹でます。
普通のたけのこを茹でる時は米ぬかを入れますが、破竹はあくが強くないので、入れなくても大丈夫。
茹で上がったらすぐに調理に使ってもOK。保存する場合は、水を入れた保存容器に入れて冷蔵庫で保存しましょう。 - 深めのフライパンに油を引き、手羽先の皮目を下にして置いて、火をつけます。皮目に焼き色がついたらひっくり返して身の側も焼きます。
- 茹でた破竹を縦2つ割りにして、更に1センチほどの半月切りにします。
- 手羽先の両面に焼き色がついたら、4の破竹を鍋に入れて炒め合わせます。
- 鍋に、砂糖、酒、みりん、醤油、酢(少々)、水を入れ、落し蓋をして弱めの中火で煮ます。
- 煮汁が少なくなって、全体に照りが出てきたら出来上がり。
すぐ食べるのではなく、しばらく置いて味をしみこませた方が美味しいですよ。
病院に行くと、高齢の親に付き添う娘(息子)という光景をよく見かけます。
そのたびに、この親子も、昔は、若くて強い親が小さな子供を守るようにして暮していたんだろうに、と考えます。
親子の立場が逆転することはある程度当たり前のことですが、実際に逆転してみると思いのほか切ないものです。
ミカスでした。
ちゃま
少し前の母と私の事のようで、読んでいて涙がこぼれました。
似たような場面に出くわすと、記憶が呼びさまされます。言っても仕方が無いと分かっていても、きつくなってしまう。自分を理性で押さえることが出来ない状況。独りでいると、何で母に優しく出来ないのかと泣いてました。他所の高齢者には優しく出来るのに。介護による事件をニュースで聞く度、思い出します。
母は特別養護老人ホームに入居しています。ずっと母と二人暮らしが続いていたら、と思うとコレで良いんだと自分に言い聞かせています。
kokomo
ミカス様、ああ、その親子はまさに今日の私です。
といっても、両親は遠方。電話でのやり取りでした。
物理的に離れているので行動で苛立ちが可視化されることはないのですが、
お互いに顔が見えないだけに歯止めがきかず、ヒートアップしてしまうことも
しばしば。今日も電話を切ったあとで、父への苛立ちに別のイライラを紛れ込ませて当たってしまっただけなのではないか、と自己嫌悪に陥りました。
不躾な質問ですが、ミカスさんは介護において妹さんとの関係性は変わりましたか?我が家は妹も遠方に住んでいますが、本格的な介護になったら恐らく私が、ということになると思います。祖母の介護では母方の親戚が大分揉めて姉妹断絶のような結果になったので、それも心配になってきました。
あれだけ「お父さんの言うことがきけないのか!!」と言っていた父が、かぼそい声で「どうしたらいい?」と私の意見を仰ぐようになったのはなかなか切ないです。
あ、在宅デトックス、いかがでしたか?
参加したかったなぁ。
ミカス Post author
ちゃまさん
そうですか、ちゃまさんとお母さまにもそんな時間がありましたか。
そうそう、よそのお年寄りには優しく、忍耐強く接することができるのに、
それが自分の親となると冷たくしてしまったり、いらいらしてしまったり。
切ないですよね。そして自己嫌悪。
そんなに後悔するくらいなら、今からなら優しく一緒に暮らせるのでは?
それはきっと無理です。
私もちゃまさんと同じように、母がホームに入所してくれて良かったのだと思っています。
それでも時々胸が痛むことはありますが、これでいいのです。
ミカス Post author
kokomoさん
ヒートアップしちゃいますよね。
私は、どうしてわからないのだろう?!って、何度も言葉でねじ伏せようとしました。
その後の自己嫌悪はとてつもないのに、それでも同じことを繰り返しました。
妹との関係ですか。
うーん、大きな変化は生じていないと思いますが、
ただ、介護に対してお互い口にはしない思いのようなものは抱えているんじゃないかなと思います。
母をグループホームに入所させたいと私が言った時、妹は
「お母さんの介護をしてきたのはお姉ちゃんだから、お姉ちゃんが決めればいい」
と言いました。
彼女には彼女の思いがあったはずですが、実際に母と接する・介護する時間が絶対的に多い私の思いを優先してくれたのだと思います。
おそらく、お互い不満もあると思いますよ。今のところはそれを上手くコントロールできているとは思います。
でも、親族で揉めたり、断絶してしまうのもわかります。介護ってそれほど大変ですからね。
在宅デトックス、今回は昼間ということもあって、参加者おひとりで「さしデトックス」となりました。
じっくりお話しできて、いい時間になりましたよ。
これからも、夜デトックスと昼デトックスを交互にやっていこうと思っています。
kokomoさんもぜひご参加くださいね。
労力や経済的な負担がどこか一か所に集中しないようにできれば問題も減らせるかもしれません。
きゃらめる
破竹大好き!いまはもう腰の折れてしまった姑の妹がピンピンしてた頃によく送ってくれました。甘辛く煮てももちろん美味しいけど、ごま油で炒めて醤油と黒胡椒を効かせたのとか、豚コマと炒めたりが好き。
さてきょうのおはなし。
身につまされますね。
現在進行中だから(笑)
腹立たしいわ切ないわ、でも順繰りだからと自分に無理やり言い聞かせる。
本当は実両親も義母も結婚後ずっと核家族。
親の面倒は兄弟たちが看たんですよ。
一分も看ていない。それなのに、自分たちの面倒はこどもが看るのが当然とヌカス。
もうね、これじゃあいくら減塩したって血圧なんて下がる訳ないです(苦笑)
今日も明日も、どこの親子も、同じことを繰り返していくんだろうと思います。
ミカス Post author
きゃらめるさん
現在進行中なんですね。
大変ですね。
そして、出た‼︎「親の面倒は子供が看るのが当たり前」。
私も言われましたよ。
おかげで私は血糖値が上がりました。関係ないか。
きゃらめるさんがおっしゃるように、日本のあちこちで沢山の親子が苛立ちと切なさを繰り返していくんでしょうね。
破竹、美味しいですよね。
ごま油で炒めて、醤油と黒胡椒か。それも美味しそう。黒胡椒たっぷりで作ってみます。
アメちゃん
歳をとると、認知症でなくても同じこと何度も聞いてきますよね(笑)。
さっき言うたっちゅうねん…って心の中でつぶやきつつ答えてます。
待合室の親子もはたから見てたら、そこはテキトーに
「わかった。30日分ね」って答えといて28日分もらえばええねんと思うけど
娘さんのいらだちと悲しさは、もう痛いほどよく分ります。
私も母が記憶違いしてることに対して、
違う、そうじゃないよ!って何度も言い返して、言い争いになったこともあって
でもふと、
母の間違いを訂正して言い負かそうとしている自分がなんだかイヤになってきて
もういいや〜って、
母の存在するパラレルワールドではそうなのかも〜とかバカなこと考えたら
どうでもよくなりました。
たぶん、たまにしか一緒にいないからそう思えるのだと思います。
あれですよね。
よそのお年寄りには優しくできるのは
だいたいが、もうすでにお年寄りになってる状態で出会うからで
自分の親は、ミカスさんがおっしゃるように
若くて強くて頼れる存在だったのを知ってるから、弱くなった姿が辛いんですよね…。だから苛立っちゃう。。。せつないですね。
ミカス Post author
アメちゃんさん
待合室の娘さんも、アメちゃんさんも、お母さんを言い負かそうというよりも、まだお母さんとちゃんと話ができるはずという期待というか希望があったのかもしれませんね。多分私もそうでした。
でも、もう通じないんだと認めた時(だいぶ前から薄々気付いてはいたけど)にすっと力が抜けました。
そうか、お年寄りになってから出会ったか否かは大きいかもしれませんね。
身内の場合は、若くて元気だった時を知っている分、老いを見るのは確かに辛いですよね。
リバーウェスト
ミカスさん、今回のお話しも胸に刺さりました~。母と娘の当事者進行形としては切ないかぎりです。母が同じことを言うと、いちいち「さっきも言ったけど」と言っちゃうんですよね、流しておけばよいのに。
今はもう圧倒的に娘である私の方が強い立場なので、「ザ・弱い者いじめ」としか言えない状態でその都度自分がイヤになりますが、気が付いたらまた「さっきも言ったけど」と言ってますね。ふー。
なかなか「揺るがない自分」にはなれそうにありませんが(笑)、真正面から受け止めて母のことを思って必死にアドバイスするより、「そっか、大変やね。わかるわかる」と(内心またか!と思いながらも)テキトーに流し聞きするぐらいの緩さの方がお互いハッピーに思えるのかなと今日母と話していて思いました。
また、介護デトックスでデトックスできる日を楽しみにしています。
ミカス Post author
リバーウェストさん
わかりますよ。
私も母が自宅にいた頃、母が同じことを々言うと、いちいち「だから…」と言ってしまってました。
「だから、さっきも言ったじゃない」ですよね。
そのたびに、自分の意地悪さにうんざりしていました。
その一方で、何度も同じことを言われ・聞かれて、「そんなこと聞いていない!」と責め立てられるのはとても辛かった。
揺るぎまくりですよ(笑)
苦しいけど、介護をしていると全く揺らがないということは不可能に近いですよね。
だから介護はしんどい。
だからデトックスが必要。
というわけで、またリバーウェストさんと一緒にデトックスできる日を楽しみにしています!