喉元過ぎれば忘れてしまう私の情けなさ:名残の筍ごはん
母を物忘れ外来に連れて行きました。
診察が終わり、妹と姪に母を任せて私は会計窓口前の待合に座って会計の順番を待ちました。
ふと見ると、私の前の席に80代くらいの女性と50代ほどの女性が座っています。若い方の女性が「だから、お母さん!」と、抑えながらも怒りのこもった声をあげました。
そういえばこの2人、母の前に診察室から出てきた2人です。娘さんが付き添ってお母さんを物忘れ外来へ連れてきた。その状況も年格好も我が家と同じです。
しばらく黙っていたお母さんが口を開きました。「腰の湿布ももらえるのよね?」
娘さんはまるで体の中の全ての空気を吐き出すようなため息をついた後言いました。「だから、お母さん、ここでは湿布はもらえないの。何度も同じことを言わないで。私はこの後も用事があるの。忙しいの。なのに…」病院の待合室です。さすがに大きな声ではなかったけれど、私には娘さんが泣きながら悲鳴を上げているように聞こえました。おそらくお母さんは何度も同じ質問を繰り返しているのでしょう。その度に娘さんは「だから、お母さん」と繰り返さなければならない。
ほんの少し戸惑ったような顔で娘さんを見るお母さんを見て、私は思わず心の中で言いました。
「病気なんだから、仕方ないよ」
そして次の瞬間、はっとしました。
認知症の母を自宅で介護していた時、母の友人で私もよく知っていた女性から年賀状をもらったことがありました。そこには「お母さんのお世話であなたも大変なことと思います。でも、その大変さは全て病気のせいです。病気がお母さんをそんなふうにしてしまった。お母さんはあなたを大切に育ててくれたのですから、今度はあなたの番。できますよね?」
頭に血が上って、鏡を見るまでもなく自分の顔が紅潮しているのが分かりました。
なんて無神経なことを、と腹が立ちました。
そう、「病気なのだから仕方ない」は、介護の只中にいた私が最も言われたくない言葉でした。
認知症という病気がその人を変えてしまったということは、患う前のその人を知っている介護者が一番分かっている。
その病気のせいで、大切な家族がまるで別人のようになっていく。その病気のせいで、どうしても好きになれない家族の世話をしなければならない。その病気のせいで。その病気のせいで。
だから苦しいのに、だからこんなに辛いのに、「病気なのだから仕方ない」と介護に励めと言うのか? 介護する私を誰かが案じてくれたとしても「大丈夫。だって病気のせいなんだから」と笑って答えろと言うのか?
なのに、最も大変だった時期を通り過ぎた私は「喉元過ぎれば…」の言葉よろしく、年賀状を寄越した女性と同じことをほんの一瞬とはいえ考えたのです。
介護というものは、その只中にいる介護者はもちろんのこと、介護者の周りにいる人にとっても本当に難しくて厄介なものだと思います。「理解されない」と嘆く介護者と、理解しているつもりだけれど理解しきれない周囲の人たちと。まるで川の向こう側とこちら側に立っているような人たちの間に架けられる橋はあるのか?
在宅デトックスがシーズン1を終えた今、次のシーズンにやるべきことは何なのか、私は考え続けています。
さて、今日の一品は「名残」の筍を使った王道メニュー「筍ご飯」です。もちろん水煮の筍でも作れますが、やはり生の筍を茹でて、煮て、作るのが美味しい!もしまだどこかで生の筍が売られていたら、ぜひ季節の終わりに作ってみて下さい。
名残の筍ご飯
- 筍はこの手順で下茹でをしてください。
- 茹でた筍は縦1/4に切り、5ミリくらいの厚さにスライスします。根元の方は大きいので、ご飯に炊き込んで食べやすい大きさにカットして下さい。
- 水煮の蕗は1センチにカット。油揚げは縦1/2にカットした後、5ミリ幅に切って、さっとお湯をかけて油抜きをしておきます。
- 鍋に、だし汁、醤油、みりんを入れて強火にかけ、煮立ったら火を弱めて、筍、ふき、油揚げを煮ます。煮汁と共に焚き込むので、強めに味をつけておくといいですよ。
- 白米を研ぎ、30分ほど水に浸けておきます。
気温が高い時はボウルなどで浸水させて冷蔵庫で置いてください。室温に置いておくと傷むことがあります。 - 白米をざるに上げて水を切り、炊飯器の内釜に入れます。煮た具材と煮汁を加えてから、お米の量に合わせた量の水を入れて通常モードで炊きます。
- 焚きあがったらさっくりと混ぜ合わせたら出来上がりです。具が入っている炊き込みご飯は傷みやすいので電気釜で保温せず、すぐに食べない分はラップで包んで冷凍してしまいましょう。
シーズン2の方向性が決まって始動したら、お知らせチラシを作って物忘れ外来の待合室で配って歩こうかな。
ミカスでした。
Jane
とどめの「できますよね?」は他人に発する言葉として一線超えてますね。
ちゃま
ミカスさん。そう、そうなのです。
他所様の高齢の認知症の方には優しく出来るのです。「病気で何度も同じことを言う」と理解して接する事が出来ます。しかし、母には出来ませんでした。認知症の症状と理解していても感情が先に立ってしまう私、を見ている私と、常に二人の私がいる状態でした。
母は、娘にガミガミ言われて情けないと思っているであろうと感じながら、感情が先立ってしまう情けない娘でした。
ただ、母に上手く接するとこが出来なかった記憶は有るのですが、どうやって日々の仕事と家事と介護のスケジュールをこなしていたのか記憶はおぼろです。と、知人に話したら、余りにタイトな状態は記憶に残らないねと同じ思いを吐露してくれました。
ことぶ
私が言われて一番嫌だったことばは
「全然しっかりしてるのに。認知症には見えない」
でした。
何も知らないくせに何を言うんだ。一日でいいから母と過ごしてみろと本気で思いました。
病気だから仕方がないは、介護者になるとちっとも救いの言葉にはならないと思います。
ミカス Post author
Janeさん
本当にそれ!
「できますよね?」なんて言われたら「できませんよ」と言い返したくなります。
Jane
「病気だから仕方がない」と諭しているあなたが「病気だから仕方がない」のか…?って感じですわ。
ミカス Post author
ちゃまさん
わかります。全て痛いほどわかります。
他人に対しては優しくなれるのに自分の親には感情的になってしまうのはある意味当然だと思います。
だって親なんだもの。あんなにしっかりしていた母が、私よりも大きな存在だと思っていた母が、一体どうしてしまったの?!って、悲しみのような怒りのようなどこへもぶつけられない感情に振り回されてしまいますよ。
待合室での一件を妹に話したら、「その娘さん、お母さんをこちら側へ引き戻したくて必死なんだろうね。もしかしたら引き戻せるんじゃないかという気持ちと、もう無理なんだという気持ちのせめぎ合いは私たちにもあったじゃない」と。
もちろん優しくできるならその方がいいけれど、でも、ちゃまさんの苛立ちがお母さんに対する思いがあったからこその苛立ちだったのだとしたら、それを簡単に非難することはできません。
記憶に残らないほど大変な毎日だったのですね。ちゃまさん、あなたはよくやった!
ミカス Post author
Janeさん
悪気はないのでしょうけどね。悪気が無い方がより鋭く刺さったりするものです。