【月刊★切実本屋】VOL.18 書き出しが魅力的な短編集とかけて…
4年半前、この枠で「書き出しだけ大賞」 というものを提唱し、たくさんのコメントを いただいたが、今、久しぶりに小説の書き出しに思いを馳せている。木内昇さんの短編集『火影に咲く』を読んだからだ。
先日、パート先の小学校図書室で、2年生からインタビューを受けた。黄色いヒモがついた水色のクリップボードを首からぶら下げ、あらかじめ考えてきた質問を順番に繰り出してくる、自分よりほぼ50才年下の記者(インタビュアー)たちは、可愛いだけじゃなく、こちらを何度もうろたえさせたのだった。
曰く
「“としょしつ“と“としょかん”のちがいはなんですか」
「どうして“ししょ”になったんですか」
「エプロンをしてるのはなぜですか」
「パソコンでなにをしてるんですか」
「イヤなしごと、ありますか」etc…。
記者というテイゆえ、彼らは取材対象者(私)の発言をメモするわけだが、とにもかくにも一言一句違わず書こうとする上に、文字を書くこと自体に時間がかる。あたりまえだ。小2だもの。
よって、長いコメントは禁物。わかりやすく簡潔に答えなきゃならない。これが難しい。しかも「あ、けしゴムがどっかにいった」「パソコン…カタカナのソってどうかくんだっけ?」「センセー、えんぴつのしんがおれました」「トイレにいっていいですか」などなど、不測の事態まみれである。
担任の先生と私もいちいち「ここに消しゴム、ありますよ」「今は“パそコン”にしといて、あとで直しなさい!」「えんぴつ、こっちにもありますよー」「…はい」などと対応に迫られるわ、待機中の次のグループが「ねえ、まあだあ?」などとせっつくわで、おちおち質問の答えを考えていられない。村上春樹なら「やれやれ」と言うところだ。
質問の中には「どういう本が好きですか」というのもあった。「いろいろ読みますが、時代小説か好きです。時代小説というのは、昔のことをお話にした本です」と答えた。この答えは多分に『火影に咲く』を読んだばかりだったから出たものだ。私はだいたいにおいて「いちばん印象的な本とはいちばん最近読んだ本である」という、まあ、そういう女なのである!?
なので、本当はこのとき「時代小説が好きです」の後に「最初の一行を読んで、続きが読みたくなる本が好きです」とも付け加えたかったのだった。付け加えなかったけど。
『火影に咲く』は、幕末の志士6人と、彼らと長く濃く、或いは淡く関わった6人の女性が描かれた6編が収録された短編集だ。志士と女性との間に通い合う情は、必ずしも恋愛感情とは限らず、でもどれも色味があってせつない。さすが木内昇だ。
互いの気持ちが、志士の功績や功罪と交錯しながらも、社会情勢や時代を超えて、一対の人と人とのそれとして綴られ、強い表現では語られなくても、ググッと胸に迫ってくる。不安定で不穏な時代だからこそ際立つかのような、唯一無二の確かな一瞬が切り取られている。それを端的に表すのが書き出しだ。
また、紅蘭の喉がかすかに震えた。(紅蘭)
ふたり、いる。先斗町の飯屋を出たところからだ。(薄ら陽)
壬生から堀川端まで出ただけなのに、もう息が切れた。(呑龍)
島村屋の君尾が、明けてすぐ芸子に出るという噂は、烈風のごとく祇園新地の置屋という置屋を駆け巡り、界隈の芸子たちを震え上がらせた。(春疾風)
京に入った岡本健三郎が真っ先に囚われたのは、タカの美貌であった。(徒花)
黄金の粒が、高く澄んだ空から降り注いでいる。(光華)
渋い!どれも、無駄がなく、緊張感に溢れ、それでいてあらぬ想像力が掻き立てられる、しょっぱなからドラマチックでいわくありげな書き出しだ。
この本を読み始めたのは、仕事の前の晩の寝床の中だった。仕事の前日はなるたけ早く寝るようにしているのだが、ひとつの話が終わると、がまんできず、つい次の話の最初の一行を読んでしまい、となれば、そこでやめることができず、結局、かなり夜ふかししてしまった。
謎かけ。
こぞって書き出しが魅力的な短編集とかけて、効果が微妙なサプリメントと解く。
そのココロは、やめどきがわからない。
by月亭つまみ
◆木曜日のこの枠のラインナップ
第1木曜日 まゆぽさんの【あの頃アーカイブ】
第2木曜日 つまみの【帰って来たゾロメ女の逆襲 月刊 切実本屋】
第3木曜日 はらぷさんの【なんかすごい。】
第4木曜日 つまみの【帰って来たゾロメ女の逆襲 やっかみかもしれませんが…】
まゆぽさんとの掛け合いブログです。→→「チチカカ湖でひと泳ぎ」
kokomo
座布団一枚!
つまみさんの紹介される本は、私が本屋や図書館に野放しにされて「好きな本選んでみて」といわれたら恐らく選ばないだろうけれど、好みから大幅に離れてはいないという絶妙なチョイスなのでいつも参考にさせていただいています。
木内昇さん、私も好きです。でも「火影に咲く」は未読。
早速読んでみますね。
つまみ Post author
kokomoさん、こんばんは。
そのぐらいの好みの一致、ちょうどいいです、うれしいです!
それにしても、「本屋や図書館に野放しにされて」っていい表現ですね。
そう表現したくなるニュアンス、すごくよくわかります。
木内昇さん、オバフォー関係者にもファンが多くて、「よし!」と思っとります!