◆◇やっかみかもしれませんが…◆◇ 第54回 雑談について
現在の仕事は基本的に「ひとり職場」なので同僚に気を遣わなくていい利点はあるが、「どーでもいい話」「しょーもない掛け合い」・・要するに雑談が大好物の身としては、それができないのは淋しい。利点と淋しさのどちらを取るかと聞かれたら、人間関係で煩わされたくないヘタレなのでソッコーで前者と答えそうだが、人の日常はわりと雑談で構築されていると思うので非常に悩ましい二択だ。ま、いまだかつて誰にも「どちらを取るか」なんて聞かれたことなどないわけだが。
ここまでがまさに雑談。
前回の【切実★本屋】で取り上げた『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』の中に興味深いシーンがあった。白鳥さんと著者の川内さんとその知人たちが興福寺に仏像を見にいく。わりと大人数で、がやがやテキトーなことを言い合いながら千手観音を囲んでいると、ひとりの僧侶が白鳥さんご一行を見ている。うるさかったかなと思った川内さんが「すみません、勝手なことばっかり話しちゃって」と謝る。すると僧侶は言うのだ、「あながち間違いじゃないんですよ」と。
一行は、ひとりが「千手観音が食堂のおばちゃんに見える」とつぶやいたことをきっかけに、僧侶の近くで以下のやりとりをしていた。会話を転がしていたのだ。
「確かに、不愛想だけど仕事が早い昭和のおばちゃんっぽい」
「きっとチャーハンがうまい!」
「急に観音さまが下界に降りてきた感じ」
「そう言われると、弓矢が菜箸に見える」
「あの瓶はソースとからし」
間違いじゃないと言った僧侶は一行に「千手観音は、そもそも寺の食堂(じきどう)のご本尊で、以前は千手観音様の前で僧侶が集まって食事をしていたのだ」と言うのだ。
それを受けて、一行のひとり、美術鑑賞のワークショップを担当してきた人が言う。「こういうことってたまにあるんだよね。みんなで見ていると、知らず知らずのうちに作品の核心に近いところにたどり着いちゃうの。(中略)ひとりではなし得ないことが、大勢ではできる。だからほかのひとと話しながら見るって、やっぱり面白いんだよねえ」
これを読んで膝を打った。雑談をしていて、かねてから感じていたことはこれだ。方向も着地点を決めず、頭に浮かんだことをテキトーに話しているうちに、思いもかけない場所に行き着いたり、ひとりでは気づかなかった物事の本質が浮き上がってきたりすることがけっこうある。
雑談にはもうひとつ重要な大前提があるとも感じている。それは、賢そうなことを言おうとしないこと。もっというなら、おとなげない、不謹慎一歩手前こそzatsudanの妙味だ。千手観音にまつわる雑談がその好例。「きっとチャーハンがうまい」って、くだらないし少し不謹慎。だから麗しい。
文章にしたり、人々の前であらたまって話す際、人は構えるし、それなりに言葉を整える。要するに、頭がよさそうな自分を演出しがちだ。あえて平易な言葉をチョイスする人もいるが、それだって多くの人に届けたいという意志の表れだろう。でも雑談は、もっと自由な他者(の脳)とのコラボで、だからこそ楽しくて深い。
丸腰で全方位的に無防備な自分が、何を言い、相手の言葉にどう反応し、相手がそれをどう受けるか、そしてこぞってどんな未開の地に転がっていくのか…。思ってもいないことを口にしたり、ささいなことに引っかかったり、しょーもないことで腹を抱えて笑うことなくして雑談と呼びたくない。
雑談の名手、みうらじゅん氏も著書『「ない仕事」の作り方』の133ページで、【「自分探し」をしても何もならないのです。そんなことをしているヒマがあるのなら、徐々に自分のボンノウを消していき、「自分なくし」をするほうが大切です。自分をなくして初めて、何かが見つかるのです。】と提唱している。さすがだ。この場合の「自分なくし」こそが「転がる」ことのような気がする。
こんなことを考えるに至ったのも、「えっ?これを雑談と言っちゃう?これが、畏れ多くも肩書に『雑談』の文字を入れた人の話?」とモヤっとするPodcastを聴いたからだ。バカっぽくないし、自分の需要や価値を高く見積もっている気がするし、しゃらくさい言葉選びをしやがってめんどくせーなと思うし、なんだか、今後の活躍メディア拡大に野心満々な人のプレゼンかプロモーションを聴かされてるみたいだった。けっ!舐めんなよ、と思った。
わたしは決してこの人に「けっ!」と思ったのではない。あ・く・ま・で・も、この人が自分の凡庸な語りを「雑談」と称することで、あたかも謙遜しているような、いろいろわかったような感じで話すのが気に入らないだけだ。本当はとてもいい人かもしれないのに。そーれがなきゃいい人なのにー♪(麻生よう子「逃避行」より)かもしれないのに。かもしれなくないかも、だが。
・・雑談界隈でいちばん鬱屈していて「めんどくせー」のはもしかしたら自分か。スミマセン。
by月亭つまみ