帰って来たゾロメ女の逆襲 場外乱闘編 連載図書館ゴロ合わせ小説 その3
キャッチャー・イン・ザ・ライブラリー ③
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僕とオジサンは図書館の北側に隣接する公園のベンチに並んで腰をかけていた。時刻は夜8時半。この図、すげえ怪しくない?誘ったのは僕の方なんだけどさ。
「最初は何を言ってるのかわかりませんでした。なぜ兄が僕に謝るのか全然わからなかった」
DBは謝った後、悪いのは自分で、恨まれるのは自分の方なのだと言った。なぜなら自分は「父さんの身体に異変が起きていることを事故前から知っていたから」。
事故の前日、キヨノさんがDBに電話してきて、父さんの様子がおかしいこと、店の裏でうずくまっていたので駆け寄ったら「大丈夫。単なる寝不足だ。母さんは心配性なので言わないでくれ」と頼まれたこと、を伝えたらしい。
DBはもちろん父さんが心配になった。だけど、そのときDBは仕事がとても忙しくて、もっと言えば新製品の研究開発に夢中で、連絡をしなければと思っているうちに、気がついたら日付が変わってしまっていた。それで翌日の朝になってからあわてて電話した。家の電話、そして父さんと母さんとキヨノさんの携帯、と順番にかけたが、誰も出なかった。いやな予感がした。
しばらくしてキヨノさんから電話が入った。キヨノさんの第一声は「ごめんなさい。本当にごめんなさい」だった。
そんなわけで、DBは両親の死は自分の責任だと言った。自分さえあのときすぐに行動を起こして父親を病院に連れて行っていたら、あんなことにはならなかった、と。
そしてキヨノさんもこの3年間、後悔し自分を責めていたんだ。父さんの不調を知っていた自分が、どんなことをしてでもふたりを阻止するべきだった。そしたらあんなことにはならなかった、と。
「笑っちゃうでしょ?3人がそれぞれ、この3年間、自分を責め続けて、他の2人に引け目を感じてたなんて」僕は自嘲的につぶやいた。
オジサンはじっと僕の話を聞いていたが、僕が口をつぐむと、静かな声で言った。
「一度お兄さんとキャッチボールをしたことがあるんですよ」
「キャッチボール?・・そういえば、僕はないや。トシが離れてるせいかな」と僕は答えた。
オジサンはちょっと意外そうに「そうですか」と言って続けた。
「職場対抗の野球大会のときですが、お兄さんもなかなかなものでしたよ。きれいなフォームで早くてキレのいいボールを投げたんで、みんなが当然のようにピッチャーをやってくれと言ったのに『キャッチャーしかやらない』って。ふだんは何かを頼まれると断らない人なのにそのときは譲らなかった」
キャッチャーしかやらない?
僕の懸念を感じ取ったように、オジサンは続けた。
「おかしいですよね。だから理由を聞いたんですよ。そしたら『昔、ヘンな約束をしたから』だって。『それ以来、キャッチャーしかやれない身体になった』って、笑いながら言ってました」
そのとき、僕の中の何かがカチッと音を立てた。それが何なのかはよくわかんなかった。でも、なぜか、こうしちゃいられないと思った。
僕は立ち上がって、急用を思い出したので帰る、とオジサンに言った。オジサンはまるでそれを予期していたかのように、微笑みながら「気をつけて帰って下さい。お兄さんによろしく」と言った。
家に帰ると、DBは茶の間で寝転んでサッカー中継を見ていた。僕はテレビとDBの間に立ち、前置きもなく「父さんって昔よくキャッチボールをしてくれただろ」と言った。
DBは「見えねえよ」と言いながら身体を起こし、「してないはずだよ。父さんは若いときに柔道で左肩を脱臼して、それ以来、まともにボールは投げられなくなったから」と答えた。
「左肩?だって父さんは右利きだったじゃん」
「そうだよ。でも、ボールを投げるのだけは左だったんだよ。・・つまり、おまえは父さんの左投げ右打ちの血を受け継いだってわけだ」
DBはごくごくあたりまえの事実を告げるように僕に言った。
それを聞いた僕は混乱した。
「そんなはずないよ。ちっちゃい頃、よく父さんとキャッチボールをしたけど、父さんは右で投げてた。間違いないよ。左投げの僕から見ると、鏡を見てるみたいだったからよく覚えてる。それに、そんとき父さんは僕に言ったんだ。『おまえには野球の‥』」
「『おまえには野球の才能がある。将来、ピッチャーになれ。そしたらオレがキャッチャーになってどんな球でも全部受けとめてやるから、安心して思いっきり投げろ』だろ?‥オレも調子のいいこと言ってたよな、10才もトシが違う、まだひよっこですらなかった弟にさ」
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※次回は最終回。更新は9/12(木)11時です。
文・月亭つまみ
イラスト・みーる(Special Thanks)