帰って来たゾロメ女の逆襲 場外乱闘編 連載図書館ゴロ合わせ小説 その2
キャッチャー・イン・ザ・ライブラリー ②
第1回はこちらです→キャッチャー・イン・ザ・ライブラリー①
僕は野球少年だった。自分で言うのもなんだけど、リトルリーグから前途有望のピッチャーとして近隣ではそこそこ名が知られていたんだ。で、家から少し離れた、野球で有名な高校に入った。そして入学して3ヵ月後の夏の甲子園の地区予選では、エースナンバーをつけてマウンドに立って順調に勝ち進んだんだ。
その大会での僕は、自分でも驚くほど調子がよかった。球はよく走っていたし、コントロールも完璧だった。
だからこそ、内心では出来過ぎの自分が不安だった。こんなに上手く行くはずない、この調子がずっと続くわけがない、と怯えていたんだよ。
準決勝の前日、僕は家に電話した。大会中は合宿所から球場に通ってたんで家にはしばらく帰ってなかったんだ。電話には父さんが出た。いつもと同じ父さんだった。
僕は父さんに、どうでもいいことだけどって感じで「明日、来るの?」と言った。大会前、父さんは冗談っぽく僕に「ベスト4にでもなったら見に行くよ」と言ってたから。でも父さんは少し間を置いて「明日はちょっと無理かもしれないな」と言った。
そんときの僕はまだガキだった。本当にガキだったんだよ。
僕は翌日の試合が不安で不安でしょうがなかった。だから、小さい頃、いつもキャッチボールの相手をしてくれて、僕に野球をやること、ピッチャーになることを勧めてくれた父さんに、明日の自分を見守って欲しいと思ったんだ。もっと言えば、父さんにはその義務がある、ぐらいに思った。
でも、さすがにそうは言えなくて「福島のおじいちゃんが送ってくれたお守りを机の上に忘れて来ちゃったんだよね。バチとか当たらないよね」と言った。
父さんにはそれで十分だった。僕の不安は伝わったんだ。父さんは「わかった。明日、持って行く」と言った。
しつこいけど、いつもと同じ父さんだった。まさか、前日から周期的にひどい頭痛とめまいの発作に襲われていたらしいとは思わなかった。
翌日、父さんと母さんは車で僕の応援に向かった。けど球場には到着しなかった。事故に遭ってしまったんだ。
事故の詳しい状況は今でもよくわかんない。けど、とにかくふたりは死んでしまった。僕は何も知らないまま試合に出て、中盤まではなんとか無失点に抑えたものの、8回にこっぴどく打たれ、父さんが来なかったことに傷つき腹を立てながら、最悪の気分でマウンドを下りた。そこにキヨノさんから連絡が入った。
それ以来、僕は一度も野球をしていない。ボールさえ握っていない。正確に言うと、どうしても握ることができないんだ。
「そこの酒屋のバカ兄弟!そういう雑誌はせめてレディが見てないところで開いてよね!」
昼休みから戻ったキヨノさんに怒られて、僕たちは先生に叱られた中学生のようにそそくさとめくっていた雑誌を閉じた。確かにそのときの僕たちの姿はまぎれもなく「典型的な酒屋のバカ兄弟」だったと思うよ。
で、僕は急に、DBに、図書館で会ったあのオジサンのことを話す気になった。それまでなんとなく言いそびれていたんだ。
きっと、僕はDBに前の仕事のことをあんまり思い出して欲しくなかったんだと思う。3年前のあの日に繋がりそうでさ。でもキヨノさんに言われるまでもなく、僕たちはバカでも兄弟だから、ずっとそれを避けて暮らすわけには行かない。それを唐突に悟ったんだ。
僕がオジサンのことを話し出すと、名前を告げるまでもなく、DBはすぐにそれが誰かわかったようだった。
「おもしろい人だったな。仕事ができるのにいつも自信なさそうで。特に、大勢の前に出ると小学生みたいだった。ふつう、あのぐらいの年代になればいろいろ処世術を覚えそうなのに、おもいっきり『私は大勢の前で話すのが苦手です』オーラを出すんだ」
DBは笑いながら遠くを見るような目をした。それは僕にはなじみのないDBの顔だった。僕は不意に、自分はもしかしたらDBのことをもっと知りたいと思っているのかもしれない、と思った。
それで、気がついたらDBに「僕のせいで父さんと母さんが死んじゃって、好きな仕事を辞めなきゃならなくなって、僕を恨んでるよね」と言ってた。一気に、まくし立てるように。
それは、僕がずっと言えなかった、清水の舞台から飛び降りるようなセリフだった。
DBの表情は見ものだったな。ポーカーフェイスのDBの表情がそんときはめまぐるしく変わった。最初はきょとんとして、それから思いつめたような顔になって、最後は観念したように苦笑いした。そして口を開いた。内容は意外だった。
「あれから3年も経ったんだな。おまえには本当にすまないことをしたと思ってる。ごめん」
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文・月亭つまみ
イラスト・みーる(Special Thanks)