帰って来たゾロメ女の逆襲 場外乱闘編 連載図書館ゴロ合わせ小説 『ライ麦&博 完結編』 前編
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『キャッチャー・イン・ザ・ライブラリー
&博の愛した数式』 完結編 前編
博は15才。
私の職業は家政婦で、週に6日、博の家で働いている。
この家で働き出して7年、当時、小学生だった博も今や高校生だ。
「知ってる?博のヤツ、今デートしてるのよ」
博の母である小児科医の加代さんが嬉々として私にそう言ったのは、
秋晴れの土曜日の夕暮れどきのことだった。
「私に気づかず電話してたの。あのコ、私達の前とは別人みたいな口調で
『あの映画館の上は夜景がきれいなんです。映画の後、行きませんか?』だって。
もう笑っちゃった。
‥あ、わかった!夜景がきれいってあそこだ!
そうだ!ねえ、一緒に博のデートをのぞき見に行かない?」
加代さんは息子に対してどちらかという‥までもなく放任主義で、
時折、突発的な行動をとる。
でも、デートののぞき見は主義以前の問題だ。
完全に間違っている。
そして、まんまと乗せられたとはいえ、
映画館と展望タワーのある区のホールについて来た私も明らかにどうかしてる。
神様には日をあらためてちゃんと謝ろう。
私達が展望タワーへの直通エレベーター前のレストランに到着したのは
ちょうど日が暮れ切った頃だった。
案内係を制してエレベーターが見える席を陣取った加代さんは
「博、どんな顔してエレベーターに乗るんだろ。楽しみだなあ」
と良心の呵責が全く感じられない口調で言うと、
注文したビールを一気に飲み干した。
加代さんは実は酒が弱い。
だから、息子のデート現場を張り込むという特殊な状況とはいえ、不意に
「この展望タワーに別れ話をしに来たことがあるのよね」などという、
彼女らしからぬ話を始めたのは、たぶん空きっ腹で飲んだビールのせいだ。
私は反射的に、5年前に一度だけ会った人物を思い浮かべた。
が、何も口にはしなかった。
「人と別れるって難しい。傷つかない別れなんてない。
‥博にも言っとかなきゃ、『好きな人ができたら傷つくことを覚悟しろ』って。
でもひよっこにはそんなこと、わかんないか」
加代さんが勝手にそう自己完結したとたん、
かのエレベーター前に見知った姿が登場した。
私と加代さんは同時に「来た!」とつぶやき、その数秒後に同時に絶句した。
博が連れ立っている相手は男子だったのだ。
私達はそれを見て気が抜けた気分になり、早々にレストランを出てしまった。
そして外をぶらぶら歩いた。
いつの間にか加代さんが先導するかっこうになり、
細い川にかかった木製の橋を渡ると、人気のない道に入った。
「もしかして…ここって、前にオジサンが女装してたっていう?」
「そう。ここは私にとっていろんな思い出のある小道。
ちょっとショック」
思い出の小道はなくなっていた。
正確に言うと、途中まではあるが、
その先の小さな公園が取り壊されていたのだ。
マンションか何かが建つらしい。
「思い出が寸断された気分だわ。
ああ、いろいろヘコむなあ。
偏見はないつもりなのに、さっきは博を見てショックだった。情けない。
なにが、傷つくことを覚悟しろ、よね。あの子には常々、
人にも物事にも先入観を持つな、じゃないと、
思い出をやるときに楽しくないから。
なあんて言ってるくせに」
よくわからないが、私はなんだか彼女が気の毒になった。
なので言った。
「カラオケにでも行きますか?」
カラオケは途中まではよかった。
が、前世紀の終わりに一世を風靡し、
今は女優として確固たる地位を築いている元アイドルの、
雨をテーマにしたバラードを私が歌い始めたところで様相が一変した。
加代さんが泣き出したのだ。
それは、その曲がきっかけで、今までギリギリ保たれていたバランスが
一気に崩れたような切実な泣き方だった。
私はしばらく加代さんを見つめた後、部屋を出、博に電話をして言った。
「自分の手術のときも、
去年あなたが突然『旅に出たい』と言って家出したときも
笑っていたおかあさんが今あられもなく泣いている。
助けに来なさい」と。
博は15分でやってきた。連れの男子と一緒に。
博とやってきた男子は、加代さんを見るとふつうに
「先生、こんばんは」と言った。
加代さんは、泣き腫らした目を細め、しばらく彼を凝視すると、
ふうっと肩の力を抜いた。
そして笑った。
後編(10/7月曜日更新)に続く
文・月亭つまみ
イラスト・みーる(Special Thanks)
こんなブログをしています。正体不明な女二人のブログ。 回を重ねること3桁に突入♪→→「チチカカ湖でひと泳ぎ」