50代、男のメガネは

山の仕事。その2

 

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土砂崩れの巻

 

山の中を走り回って、地質を探る電極の数字を記録していく。と、簡単な仕事をするかのように紹介されたのだが、実際にやってみると地図通りの道なんて全然ない。道があるところの方が少ない。仕方なく自分で家にあった方位磁石を持って、山に入ることにした。

 

すべての工程を終えるためには、軽装でハイキングに行くくらいの小高い山を四つほど駆け上り、駆け下りる感じになる。しかも道なき道を行くので、どうしても時間がかかる。一日に二つの山をこなすのが精一杯。それも、少し油断すると道に迷ってしまうので、要注意だ。

 

このバイトをしていた数ヵ月の間に何度も危険な目に会ったのだが、最初に出会ったのが土砂崩れだった。

 

地図の通り山を歩いていると、小さな木の札がぶら下がっている。何だろうとよく見ると、なんと江戸時代に書かれた木札だった。そこにはほとんど読めない達筆な彫り文字で、危険だから気をつけろ、的なことが書いてある。しかし、何が危険かは書いていない。まあ、そんなことよりも、僕としては江戸時代に書かれたもの(元号が確か江戸時代のものだった、覚えてないけど)だということだけで、なんとなく「すごいところに来たなあ」と浮かれていたので、あまり気にせず山の中を進んだ。

 

その時である。ずっと歩いてきた獣道が途切れたのである。先週まであった道が、目の前で突然途切れているのである。草むらの中をずんずん歩いてきたので、道が途切れたことに気付かず、足を踏み出した僕はそのまま落ちた。それほど高いところから落ちたのではなかったが、「うわあああああ」と叫び声を上げるほどには落ちた。落ちたというか滑り落ちた。下は泥沼だった。

 

数日前に降った雨で、土砂崩れが起こっていたのだ。そりゃそうだなあ、と今なら思う。江戸時代からほとんど誰も入っていない場所だ。危険な土砂崩れに対する対策も何もされていないに違いない。

 

腰まで泥に浸かった僕は身動き一つできなくなっていた。車を止めた山の麓なら、関係者のトラックや乗用車がときおり通る。しかし、そこから小一時間歩いた山の中には誰もいない。驚いた。死ぬと思った。空を見上げたら、鳶のような鳥が飛んでいて、その遙か上を飛行機が飛んでいた。

 

ドラマなら、その飛行機から誰かがここを見ていてくれたりするんだろうなあ、と思った。思ったけれど、肉眼で見つけられるほど近い距離じゃない。そんな馬鹿なことを考えている場合じゃない、と僕は少しジタバタしてみた。余計に深みにはまった。さっきまでの馬鹿な考えは瞬時になくなり、このまま死んでしまう可能性を考えた。

 

死ぬかもしれない確率はどのくらいだろうと考えた。100%という答えが高校生ウルトラクイズのようなチャイムの音と共に聞こえた気がした。いや、ふざけて書いているように思われるかもしれないけれど、当時、本当にそんなイメージが浮かんできてしまったのだから仕方がない。というか、人間、追い詰められたときほど馬鹿なことばかり考えるもんだ。

 

所詮、ドラマのようなことが起こることはなく、僕はこのままわけのわからないアルバイトのために、死んでしまうのだ。そう思い、僕は諦めることにしたのである。ジタバタしても余計に深みにはまっていく。声を限りに叫んでもどうせ声は届かない。それなら、眠ってしまおう。僕はそう考えて目を閉じたのであった。

 

その時である。ものすごく近い場所から、というか耳の横あたりから「大丈夫?」というのんきなオッサンの声が聞こえたのである。僕は自分が身体半分埋もれている状態のままで、声のする方を見た。見知らぬオッサンがそこに立っていたのである。

 

土砂崩れで道が途切れてしまった部分から滑り落ちて、泥沼に落ちてしまった僕は建物で言うと2階建ての屋根の上辺りから地上辺りへと落下していた。そして、落下したところには別の道があり、そこにオッサンが立っていたのだ。

 

オッサン曰く「さっき、えらい叫び声がしたから来てみたんよ。そしたら、にいちゃんが動けんようになっとったんよ」と心配そうな顔をして、それから笑う。上には昇れなくても、オッサンのいる場所へなら移動できそうだ。オッサンはその辺りにあった、木の枝をこちらに伸ばしてくれた。それでも足りなかったので、今度はオッサンが上着を脱いで、ついでにシャツも脱いで、それを結びつけて、僕にロープ代わりに投げてくれたのだった。

 

「ありがとう、おじさん!」と僕は本気で手をついてオッサンに礼を言った。オッサンが泥だらけになった服を麓の川で洗っている間、僕はシャツを洗って差し上げたのだった。

 

それから、オッサンは名前も告げずに帰っていった。僕はその日の仕事を終わりにして、家に帰った。泥だらけになった湯船のお湯に浸かりながら、ああ、人間諦めずに叫ぶもんだなあ、と思ったのであった。

 

 

(次回、もっと恐ろしい目にあった話に続く)

 

 


 

植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、オフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京神楽坂で暮らしてます。

 

★これまでの植松さんの記事は、こちらからどうぞ。

 

 

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