2つのシュー活、きれいごとでは済まない

冬の朝は寒いけれど空気がピリッとして空も綺麗で癒されます。
さて最近の私は、ふたつの「シュー活」をしています。
ひとつは就活、もうひとつは終活。
どちらも「前向きですね」と言われそうですが、正直なところ、そんなに爽やかな話ではありません。
まず就活。
ハローワークに登録して、気になる求人に2か所応募しました。どちらもパートなのに、しっかり書類選考あり。1か所は職務経歴書まで提出。
「パートだよね?」と何度も募集要項を見直しました。
条件がいい=選ぶ側は強気。年齢や経験を考えれば、「どうせ落とされるかも」と予防線を張らずにはいられません。
面接まで進めたら御の字。期待しすぎると、あとで自分が一番しんどくなるのは分かっているので。
誤解のないように言うと、私は働くこと自体は嫌いではありません。むしろじっとしていられないので働きたい。
仕事をし続けることに、大きな不満があるわけでもない。
でも、こんな時ふと思ってしまうのです。
もしマメオ君が元気で、普通に働いていたなら。
とりあえずは扶養に入って、少し立ち止まって、これからのことをゆっくり考える選択肢もあったんじゃないか、と。
もっと自分の好きなことを自分でやってみたらと言ってくれる方も多いのですが今はとりあえず安定した収入もほしい。
子育てが一段落して、再婚して、
「これからは少しのんびり、自分のペースで人生を」
…そんな未来を、どこかで思い描いていました。
でも現実は、まったく違いました。
いつでも頼れるのは自分。考えるのも、動くのも、決めるのも、基本は私ひとりです。
もうひとつの終活は、さらにややこしい問題を含んでいます。
自分の家のことだけでも頭が痛いのに、マメオ君の実家のことが、じわじわと重くのしかかってきます。
妹さんとは、ものすごく仲がいいわけでも、完全に仲が悪いわけでもない。
この「決定的に揉めてはいないけれど、深く関わりたくもない」関係が、相続になると一番厄介だと感じています。
今はご両親のことを妹さんが見ています。
だからこそ、今後の話をしづらい。
マメオ君が何か言えば、「今さら?」と思われる可能性もある。
私は嫁なので、当然ながら発言権はほぼゼロ。
心配しても、考えても、立場としては“部外者”。この無力感は、なかなかのストレスです。
兄弟って不思議です。
仲が良ければ話し合える。
仲が悪ければ割り切れる。
でも、この中途半端な距離感は、地雷がどこにあるか分からない分、気を遣い続けるしかありません。正直、疲れます。
そんな中で、わが家の娘たちを見ると、少し救われます。
娘たちは仲が良く、それを話したときに、こんな言葉をかけられました。
「その娘さんたちを産んで育てたのは、あなたですよ」
嬉しかった反面、「そんなに立派な親だったかな」と照れくさい気持ちにもなりました。
働くことも、将来の整理も、誰かが代わってくれるわけではありません。
愚痴を言いながら、文句を飲み込みながら、
「それでも逃げずにやってるだけ、私も悪くないよね」と、自分に甘めの評価をつけています。
頼れるのは結局、自分。
それも私の人生らしいと思うことにして、
今日もふたつの“シュー活”を続けていきます。
もう梅も咲いていました。春の足音も近づいています。


















































































