第3回 「ファーナス 訣別の朝」・「ジャージー・ボーイズ」・「猿の惑星 新世紀(ライジング)」・「アバウト・タイム 〜愛おしい時間について〜」
◆今回の映画 (作品名は公式サイトにリンクしています)
「どうする? Over40」読者のみなさま、こんにちは。
イラストレーターの小関祥子です。
ここのところ、仕事や10月23日から始まる展示の準備にかかりきりで、
第2回目の更新から、すこし間があいてしまいました。
ようやく目処がついてきたので、うきうきと行ってまいりましたよ、映画館に。
「うわーい、ひさしぶり(とは言っても、あくまで当社比)に映画が見られる!」
と浮き立つ気持ちで出かけたはずが、
見終わって映画館から出てきた私はどーんと打ちのめされ、
すっかり暗い気持ちに……。
その映画のタイトルは「ファーナス 訣別の朝」。
いやいや、決して見たことを後悔はしていないですし、
こうしてこの場で取り上げるくらいですから
「絶対に見たほうがいいよ!!」と思うすばらしい映画だったのですが
それでもねえ、なかなかにハードで、重たく、厳しい作品でした……。
こんな前置きをしながら、あえてこの作品を紹介するのはなぜかといいますと
上映していた映画館がね、休日の昼間だというのにガラガラだったんですよ!!
「こりゃあいかんぞ」と勝手に義憤に駆られているわけなのであります。
◆映画のあらすじ
「ペンシルバニアの田舎町ブラドックは、
ファーナス※から昇る白煙がたちこめていた。
ラッセル(クリスチャン・ベイル)はこの町で生まれ育ち、
年老いた父親の面倒を見ながら製鉄所で働く日々を過ごす。
イラク戦争で心の傷を受けて帰ってきた
弟ロドニー(ケイシー・アフレック)のことは心配だが、
貧しいながらも恋人リナ(ゾーイ・サルダナ)とのひと時に
ささやかな幸福を見出していた。
しかしある夜を境に、彼の運命は闇の底へと転がり堕ちていく…。」
(公式サイトより)
※溶鉱炉のこと
◆◆◆
輝かしい人生ではないけれど、
見る人によっては、泥まみれの、
地を這うような暮らしかもしれないけれど、
もしかしたら本人も胸の内に
何かしら澱のような思いを抱えているかもしれないけれど、
それを吐き出すこともなく、ただ黙って、日々を送る。
そんな主人公ラッセルの姿は、特別なものではありません。
わたしたちのごく身近な隣人のような、
状況によってはわたしたち自身のような
いわば「こちら側と地続きの人生」を送っている人物です。
心配ごとや不安感、ままならないことがあっても、
それらを背負って人生をなんとか続けていけるのは、
なじみのバーで飲む一杯のアルコールや、
顔見知りと交わすちょっとした会話、
家族とのありふれたやりとり、
そして自分の体にそっとふれる愛する人の手。
そんなささやかなことごとが、命綱のように
自分を「こちら側」につなぎとめているからだと思うんですよ。
ラッセルも、そういう「命綱」をいくつか持っていたはずでした。
けれど、ある出来事が起きた夜をきっかけに、彼が握りしめていた
それらはどんどんぷつりと断ち切られていきます。
そして、自分が手にしていた小さな幸福やささやかな日常が
偶然や幸運が重なりあって、薄氷の上に成立していたということに
気づかされてしまうのです。
気づいたときには、もうすでに取り返しがつかない事態になっているというのに。
この断ち切られ方がねえ、なんていうか、うまいんですよ。とっても。
「ああ…そうなっちゃうよね……」と、まったく無理がなく配置されているんです。
まるで、実際の人生に起きる不条理のように。
最後、「こちら側」に自分をつなぎとめるものをすべて失ったラッセルは
ある決断を下しますが、もはやそれは「そうするしかなかった」わけで。
もうそれは、他者が「いい」「悪い」を言えるようなことではないんだよなあ……。
つい、ラッセルのことばかり書いてしまいましたが、
ケーシー・アフレック(ベン・アフレックの弟!)演じるイラク帰りの弟ロドニーもまたよかったです。
優しいのだけれど、同時に弱くて、
でももういい大人だから素直に胸の内を明かすこともできなくて。
ああ、弟って、下の子ってこういう感じよね……と
長女のわたしはぎゅっと切なくなりました。
とても、映画館に足を運びたくなるような紹介ができたようには思えませんが、
見るのと見ないのとでは、絶対に見たほうがいいよ、と言いたいですし、
わたし個人のことを言えば、こういうつらく重い物語は
「映画を見るしかなくなる」映画館で見ないと、つい逃げたくなってしまいまして。
だからこそ、映画館で見ることをおすすめしたいのです。
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「シェリー」などのヒット曲で知られるポップスグループ「ザ・フォー・シーズンズ」の栄光と挫折の物語…というと、
見なくてもなんだかわかったような気持ちになってしまいますが、それは大きな間違い!!
なぜなら、これはあのクリント・イーストウッドが監督した映画だから。一筋縄でいくわけがありません。
わたし、イーストウッドが監督した映画を見るたびに、
最初に思っていたのとは違う出口に連れてこられたような感覚になるのですが、
それは自分が思っていたよりもはるかに高みにあり、そして深い世界なんですよねえ。
イーストウッドはおそろしいおじいちゃんですよ、本当に……。
女性ボクサーとトレーナー(ミリオンダラー・ベイビー)、ザ・アメリカのがんこじじい(グラントリノ)、
子供を誘拐された母親(チェンジリング)、孤独な権力者(J・エドガー)と、
作品ごとにまったく異なるタイプの人物や物語を扱うイーストウッド翁ですが、
ひとつ共通しているものがあるとしたら、それは人間に対するおそろしいまでに深い理解度のように思います。
とはいえ、今回は原案がミュージカルですので、音楽の使い方がとにかく見事。
上質なポップミュージックが物語を軽やかに彩り、ミュージカルならではの日常と非日常が溶け合うような感覚もたっぷり楽しめますよ。
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名作「猿の惑星」の前日譚として作られた前作「猿の惑星 創世記(ジェネシス)」の続編。
治験の結果、高い知能を持って生まれ、科学者によって愛情深く育てられた
チンパンジーのシーザーは猿たちと一緒に生きることを選び、猿による社会を形成していました。
そんなシーザーたちと、感染症の爆発的流行をきっかけに滅亡しかけている人間が、
偶然出会ってしまうところから物語は動き出します。
縦横無人に森や都市の空間を動きまわる猿たちのアクションは新鮮で迫力に満ちていますし、
敵対しあうもの同士に芽生える理解と友情というモチーフは、
今世界のあちこちで起きている争いの構造をどうしても思い起こさせます。
そして、これは自分も多少「つくる仕事」をしているからかもしれませんが、
すでにそれで完成している過去の作品に連なるものを、なぜ今あえてこの時代に作るのか、という
厳しくも逃れられない問いに対して、この映画の作り手たちはとても誠実に向き合ったのだなあと思います。
多くの人に見てもらうエンターテイメントとして成立させながら、その時代に作る意義をきちんと打ち出す。
エンターテイメントとしての映画をわたしが愛してやまないのは、そういう強さを秘めているからなんですよねー。
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ハードな印象の映画、男くさい映画が続いたので、今回ご紹介する映画のしめはこちらで。
多幸感に満ちた、見終わった帰り道は確実に世界がすこし違って見えるような、キラキラしたすてきな作品です。
主人公ティムは21歳になった年、
父親から自分たち一族の男性はタイムトリップの能力を持っていることを打ち明けられます。
真面目で優しいけれど気弱なティムがまっさきにその力を使ったのは、自分の恋愛を実らせるため。
そうか、これはそういうラブコメなんだな~と思って見ていたら、
最終的にはとんでもないところに連れていかれてしまいました。あ、イーストウッドの映画とはまた違う意味で。
「時と人」というモチーフは、小説でも映画でも繰り返し登場しますが、
どうにもならないものだからこそ、つい人は惹きつけられてしまうのでしょうねえ。
二度と戻らないからこそ、もう一度戻れないかと切望してしまうし、その美しさがまばゆく見えてしまうんだよなあ。
タイムトリップの能力を使うことで得られるもの、結局得られないものの描きかたも優しく、切ないですし、
ティムの最終的な選択に至る布石の配し方も見事。
とにかくすばらしい出来の脚本が、どんどん進んでいく物語に見る側の気持ちを心地よく乗せてくれますよ。
小関さんの詳細なプロフィールやお仕事はこちら→kittari-hattari