おかあさんのセブンイレブン
都会と田舎の決定的な違いは夜だなあ、といつも思います。
シマ島にはスーパーが3軒ほどありますが、すべて夜7時に閉店します。マクドナルドはおろか、ファーストフードは1軒もありません。ロイヤルホストやガストもなければ、ローソンもファミリーマートもありません。夜7時を過ぎると通りに人影は見えなくなり、飲食店のまばらな明かりと頼りなげな街灯を除けば、シマ島はしんとした暗闇に包まれるのでした。
夜ってこんなに暗かったっけ。夜ってこんなに長かったっけ。
僻地育ちの身ではありますが、長年の東京暮らしが身に染みつきすぎて、いまだ夜に外を見るたび「うーわ暗っ、誰もいなっ」と驚いてしまうのであります。
とはいえスーパーが早く閉まることも、ファミレスやファーストフードがないことも、シマ島に移住するにあたって特には気になりませんでした。そもそもファミレスやファーストフードには行かないほうだったし、必要な食材は開いている時間に買いに行けばいいだけのこと。ないものはない、と思えば意外とあきらめがつくもので、今のところ別段困ることもないのです。
ただ、コンビニだけは別。
コンビニがないことが、ここまで人を不安にさせるとは思いませんでした。コンビニも東京ではそんなに行くほうじゃなかったんです。出先でちょこっとドリンクを買うとか、仕事が忙しいときに弁当を買うとか、料金の振込や銀行ATMの利用に、月に数回行く程度。だからなくても全然平気、と思っていたんです。
ところが、ですよ。コンビニって行く回数は少なくても、行く目的がいちいち重要だったことに、シマ島に来てから気づきました。コンビニがないということはつまり、光熱費やらなんやらの払い込みはできないし、ATMでお金も下ろせません。予約したチケットの引き換えはできないし、コピーもスキャンもできません。
もちろん、ないならないで工夫すればいいだけのこと。シマ島には銀行もありませんので、メインバンクをゆうちょに移行して、あとはネットバンキングでOK。コピーやスキャンは複合機を購入することで解決したし、チケットは郵送やウェブチケットを選べばいいのです。払い込みなどは郵便局を使ったり、本土に上京したときにまとめて手続きすれば問題ありません。
それでも「いざというときはコンビニがある」と思えることが、どれほど安心感を与えてくれていたことか。あったかい食べ物も冷たい飲み物も買えて、朝食から夜食まで、おやつからお酒までそろっていて、下着も日用品も文房具も化粧品も生理用品も買えて、携帯の充電しながら雑誌をパラパラめくったり、チケットを買うついでに「あ、あの人がライブやるんだ」と知ったり、ご飯を食べた後トイレを使って、ついでに最新トレンドまでわかっちゃうなんて嗚呼コンビニって万能すぎる!
無くしてわかるありがたさ、親と健康とセロテープ……とコンビニ。
ニチバンのエッヂのきいたキャッチコピー(東海道新幹線・三河安城駅付近)
無くても平気なはずなのに、なんだろうこの喪失感。ああ、用もないのにコンビニ行きたい。夜中にふらっと、立ち寄りたい。そんな気持ちで頭がいっぱいになったある夜の10時ごろ、ザビ男がひとこと言ったのです。
「今からセブンイレブンに行く?」
って、え!え! コンビニあったの!? やだちょっと早く言ってよおおお!!!
行かないわけないじゃないですか
ザビ男の言うセブンイレブンは、わたしたちが暮らす集落から少し離れた、もうひとつの集落にありました。
対向車もない真っ暗な一本道を抜けてたどり着いたのは、町並みも家の造りもまったく違う、小さな村。朝が早い漁師さんたちが多く暮らしているせいか、うちの集落以上に人の気配はなく、家の明かりもほとんど消えています。思わず息を殺してしまうほど静まり返った、そんな集落の暗闇の中に、ぽつんとひとつ灯る明かりがありました。
「ここ、島で貴重な、夜まで開いている店。朝7時から夜11時までやってるから、真のセブンイレブンね」
シマ島ネイティブが「セブンイレブン」と呼んでいるそのお店は、10畳ほどの店内にお菓子やアイス、パンにくだもの、野菜、雑誌、日用品などが所狭しと並べてある商店でした。店内に入ると奥から人の気配がして
「いらっしゃい」
60代だろうか、70代だろうか、年齢不詳の女性が現れました。頭に三角巾、胸にエプロンをつけたお母さん然とした小柄なその人は、営業用スマイルでもなく無愛想でもなく、ご飯を食べたりお風呂入ったりテレビ見たりしながらお店も開けてますって感じの何気なさで、レジの前に立っていました。どうやらこのお店、お母さんがひとりで切り盛りしているようです。
「以前はうちの近所にも夜やっている商店があったんだけど、何年か前にやめちゃって、今はここが唯一の店なんだよね」
そう言いながら、ザビ男は「いつものやつ」といった風情でお母さんにタバコを注文しています。スモーカーのザビ男はタスポを持たなければストックも置かない主義で、夜にタバコが切れるたびこのセブンイレブンまで買いに走っているようでした。
ひと気のないこの村で、観光客もほとんど来ないだろうこんな夜中まで、どうしてお母さんはお店を開けているんだろうか。理由を聞いてみたい気がしますが、理由なんてどうでもいい気もする。たぶんここは、あるだけでみんな嬉しい。たぶんこの先、わたしにとっても。
お母さんがずっとこのお店を開けていてくれますようにと願いつつ、久しぶりにアイスの買い食いなんかして、店の明かりを背にまた来た暗闇を戻っていきました。
さて。明日もがんばりましょうかね。
Text by じじょうくみこ
Illustrated by カピバラ舎
*「じじょうくみこのオバサマー」は毎週火・木・土曜日更新です。
パプリカ
シマ島のセブンイレブンのなんと暖かさ!
闇に浮ぶ希望の光!
じじょくみさまの文章を読んで
マルシャークの『森は生きている』
を想起しました。
オカアサン は
12月の妖精の化身(笑)
『島は生きている』!
セロテープ
コピー、さえてます!
くみこさんの引用に
コピペ、冴え渡ります!
okosama
そやね。頑張りましょうかね。私も。
じじょうくみこ Post author
>>パプリカさま
こんにちは!お久しぶりです、コメントありがとうございます〜( ´ ▽ ` )ノ
「森は生きている」、読んだことはないのですが
なるほど確かにフェアリー感はありましたw
ほんとにそのお店だけ闇の中に浮かんでいるような感じで
アイス食っちゃったから5歳くらい年取っちゃったのかも(え?)
じじょうくみこ Post author
>>okosamaさま
こんにちは!コメントいつもありがとうございます〜( ´ ▽ ` )ノ
はい、今日もいっちょがんばりましょうか♩
はしーば
最後の写真はシマ島の夜景ですか?
「じじょくみ、ザビ男のシマ島ぐらし」〜7-11の灯りと天の河〜
というタイトルで映画撮りたくなりました。
監督は河瀬直美、指名で。
じじょうくみこ Post author
>>はしーばさま
こんにちは!コメントありがとうございます( ´ ▽ ` )ノ
写真はいえいえ、シマ島にこんな開けた道路はないのですが(⌒-⌒; )
河瀬監督に撮ってもらってカンヌを目指しますかねウヒヒ