アルバイトの話、続き。
僕はそれほど数多くのアルバイトをしたわけではないのだが、いわゆる客商売はほとんどない。
まったくないわけでないのだが、若い頃から人付き合いが苦手で、レストランでのウエイターやビアガーデンのボーイなど、三日続いたことがない。映画の学校に通っていたので、撮影が始まると言うことになると休まなければならなくなって、結局クビになったり、自分から辞めたり。
そうでなくても、ビアガーデンでは、年下の先輩というのがいて、こいつの偉そうな態度に大喧嘩をしてしまったり。まあ、続かないのだ。
そんなわけで、比較的長く続いたアルバイトは、新聞配達と電気屋さんの配達だった。あと、以前ここに書いた、死にかけたりした山のアルバイト。
新聞配達は映画の撮影中にも続けられるし、ありがたいバイトではあった。しかし、僕がもっとも苦手なことがこのバイトの致命傷となった。それは、犬が怖いことである。
僕は犬が嫌いなのではない。怖いのだ。子供のころ、近所の犬に襲いかかられて(と思っているのだが、きっとじゃれてきただけだと思う)以来、僕は犬が怖い。そして、新聞配達が近づいてくると、たいがいの犬は吠える。
冬場の新聞配達。真っ暗な中から犬が飛び出してくると、本当に心臓が飛び出しそうになる。そして、新聞配達をし始めてから何日かたつと、必ず飛び出してくる家が分かるようになる。
すると、当然、中上健次の「十九歳の地図」のように、その家を後にするとき、「三丁目の田中さん、×三つ」と呪詛の言葉を残すようになるのだ。
新聞配達は思っているほど、さわやかな仕事ではない。人が眠っている時に起き出す仕事はやっぱりつらい。雨が降れば新聞が濡れて破れてほとほと困り果てる。冬は真っ暗だし、犬は出てくるし、配り忘れると叱られるし…。
×を付ける家は、犬がいる家だけではない。郵便受けが小さくて、新聞が入らない家。自転車を止めて、ぐんぐん門の中を入っていかなければならない家。昨日まで優しい奥さんが家の前で朝早くから洗濯物を干しながら待ってくれていたのに、ある日突然、その奥さんがいなくなり、無愛想で怖そうなおっさんが「ほら、早く新聞よこせ」と言うようになった家。
だんだんと新聞配達少年の心の地図には×が多くなってきたころ、同じエリアを配っている年上のちょいとアホなお兄さんがいて、そいつが僕が新聞を配っていた家の下着ドロボーをしていたことが発覚した。というよりも、僕がその現場を見てしまった。
僕はそのことを自分の新聞販売店の先輩に話した。先輩は、犯人が僕だと思われてはいけない、ということでその家の人に話したのであった。
結果、犯人のお兄さんは販売店から厳重注意され、持ち場を変えられたのであった。めでたしめでたしである。しかし、僕はその後、先輩から聞いたのである。その家の人たちが「もしかしたら、あの子が怪しいのかしら」と思っていたということを。ショックだった。いくら、笑いながら話していたといっても、下着ドロボーの疑いをかけられていたのである。
すぐに辞めるとそのことがショックだったと思われるかもしれない、と考えて、2カ月後に僕は新聞配達を辞めたのであった。2年ほど働いた仕事を辞めた大きな原因の一つが、下着ドロボーの濡れ衣だなんて、当時はかなり打ちひしがれていた。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、神楽坂にあるオフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。
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