日々のジレンマ : ねぎのグラタン
水不足のニュースを見ると、なんだか心が落ち着かなくなるミカスです。
雨が降ったら降ったで面倒だけど、降らなきゃ降らないで気になっちゃう。
降ることにも降らないことにも何らかの利点があり、何らかの欠点がある。
それはわかっているけれど、だからこそどちらの状況にも煩悶してしまうのです。
でも、考えてみると、日々の暮らし、そして人生の中にもそういうジレンマって
多々ありますよね。
殊、最近の私の日々は、ジレンマの連続です。
母の介護が始まってからというもの、
何が正しくて、何が間違っているのか?
何をすべきて、何をするべきでないのか?
何が大切で、何を見限る・諦めるべきなのか?
こんな問いばかりを続ける毎日です。
そして、皆さんのご想像のとおり、答えは全く出ません。
答えが出ないまま、ジレンマばかりが積み重なっていくのです。
ジレンマの宝石箱やぁ!
<Beforeはこんなだったのにねぇ>
一番大きなジレンマは、母の存在そのものです。
正直、悪態をつかれたり、怒られたり、
そしてそれを必死でなだめなくてはならない時は、もうだめだと思います。
もう、この人と一緒に暮らすことはできない。
この人から離れないと、私は、そしてもしかしたら母もダメになってしまう。
そして私は、母と離れるための具体的な方法を探すと言う作業に没頭してしまうのです。
でも、ごくまれに、何にも侵されていない純粋な精神が母の中に戻ってくるような瞬間があります。
そんな時母は、「おやすみ」と一日を終える瞬間に、冗談ぽい口調ながら
「ミカスちゃんはいい子だねぇ」などと言うのです。
それを聞いた私の心は、この人のためにまだ頑張れるのではないか、頑張らなきゃダメだ、と
これまでとは正反対の方向へ大きく振れます。
そして翌朝、暴言を吐かれては、また反対の方向へ・・・。
右へ左へと、日々、時には分単位で振り動かされる心は、
もう、何が正しくて、何が間違っているのか、何をすべきて、何をするべきでないのか、
何が大切で、何を見限る・諦めるべきなのか、など全くわからなくなってしまいます。
もちろん、全くジレンマを抱えていない人などいるわけもなく、
振り幅の差こそあれ、みんな右に左に揺れながら日々を過ごしているのでしょう。
だけど、ほんの一瞬だけでもいいから、どちらにも振れず静かに穏やかにいられたら、
それはどんなに幸せな瞬間だろうと思います。
でも、それはとても難しいことなのだろうけど。
さて、本編(?)の話が終わりに近づくにつれ、一部のみなさんは
「今回のミカスは、話とレシピを連動させるのか?!」と固唾を飲んでいることでしょう。
一部で(本当にごく一部で)話題になっている、「話とレシピの関係の無さ」。
それを売りにするのも悪くないと考え始めている昨今です。
で、今日のレシピは「ねぎのグラタン」!
<関係ないね!>
『ねぎのグラタン』
※ホワイトソースの分量を参考まで |
それにしても、各地の水不足解消に十分で、
かつ、災害が起きない程の雨が降ることを祈るばかりです。
この際、洗濯物が乾きにくいのは我慢しましょう。
ミカスでした。
ゆのみ
既に色々調べ尽くしているのだと思いますが「コウノメソッド」試してご覧になりましたでしょうか。取り急ぎ。
ミカス Post author
ゆのみさん
ありがとうございます。
コウノメソッド、気になって色々調べてはいるのですが…。
治療についても、ジレンマは尽きません。