恋人が他人になる瞬間。
大阪の喫茶店でのこと。
歳の頃ならいくつくらいだろう。おそらく男女ともに二十代の終わりから三十代の初めくらい。数年つきあってきたけれど結婚はしていない、という感じのカップルが僕の隣の席に座ったのだった。
最初はなにげない会話を重ねていたのだけれど、途中何かのきっかけで、女の言葉が少し刺々しくなってくる。男はそれに気づいているはずなのに、気づいていないように会話を進める。
そのうち、女が露骨に男を責めだした。
曰く「いつも、そう言うけど、それ私が悪いの?」
曰く「結局、私のことわかってくれてないと思うねん」
曰く「だいたい、自分のことばっかりやん」
そんな言葉ばかりが繰り出され、隣の席で仕事をしていた僕も多少いらいらとしてきたのだけれども、男のほうは黙って聞いている。一言も言い返さない。
どのくらい、女の一方的な暴言が続いただろうか。僕がコピーの書き仕事を一つ終え、小さな企画の趣旨の部分だけを書き終えるくらいの時間。だいたい小一時間くらいだろうか。
その間、ずっと女は男を少し押さえた、でもたぶんに怒気を含んだ声で責め続けた。
そして、ふいに男が女の話を遮った。遮って、「わかった。別れよ。うん。別れよ。うん。別れたほうがええ。そうしよ。別れよ」と言うと、立ち上がってスタスタと店を出ていったのである。
女は一瞬驚いた顔をして、男の背中を視線で追ったのだけれど、男が振り向くことはなかった。
女はそれから三十分ばかり、ぼうっとしながら、スマホをさわったり、コーヒーを飲んだりしていたが、やがて、コーヒーをお代わりすると、静かに文庫本を読みだした。
女がなにか決定的なことを言ったわけではないと思う。きっと、男の中で女の話を聞いているうちに、何かが終わったんだと思う。そして、女もそのことを理解したのだと思う。
僕はなんだか男の気持ちにも女の気持ちにも寄り添えないで、でも、なんとなく「えらいとこに立ち会ったなあ」という心持ちで、女の読んでいる文庫本のタイトルを読みとろうとしていた。
結局、女がなにを読んでいるのか、わからないままだった。でも、あのカップルはあのまま別れたんだろうなあという確信めいたものは今も消えないままなのだ。う~ん、知らんけど(出た!関西人の伝家の宝刀!)
植松さんとデザイナーのヤブウチさんがラインスタンプを作りました。
ネコのマロンとは?→★
「ネコのマロン」販売サイト
https://store.line.me/stickershop/product/1150262/ja
クリエイターズスタンプのところで、検索した方がはやいかも。
そして、こちらが「ネコのマロン、参院選に立つ。」のサイト
http://www.isana-ad.com/maron/pc/
植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、神楽坂にあるオフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。
★これまでの植松さんの記事は、こちらからどうぞ。
あきら
こんにちは。
あーー、なんかつらっ。
皮膚の触感や湿度や匂いまで熟知していたとしても、自分自身のこと以上に客観的に性格や癖や好みを把握していたとしても、他人なんですもんねー。むごいわ。
自分自身以外とは確実に別れなきゃならん。つーか、さめたりするんですよねー。じわじわなのか、突然なのか? たぶんじわじわ。夫婦ならそのままさめっぱなしだったり。
えらいことでしたねー。
uematsu Post author
あきらさん
ほんと、自分でもびっくりするくらいに、
突然さめたり、突然嫌いになったり。
他人事でも、ドキドキしました
perako
そんなシーンに遭遇したら、身動きできないですね。耳がダンボになったまま固まります。
でも、本当にそんな別れ方でいいんですかね・・。耐えられそうにありません。
なぜか会話の〆は「しらんけど」ですよね^^
uematsu Post author
perakoさん
まあ、そんな別れもあるんでしょうね。
なんとなく、納得できます。
それまでいろいろあったんだろうなあって。
しみじみ。
しらんけど。
きゃらめる
そのオトコの気持ちわかるかも。
イヤやなイヤやな思いつつ…
でも案外性格ええとこもあるし、いろいろがんばってほしいあんな時屋こんな時はすごい頑張ってくれちゃってめっちゃええから離れがたいし…みたいな感じでずるずる付き合って(もしくは夫婦でい)るんだけど、
ある日ある時相手が導火線に火つけちゃうんだな~
ああもう戻れないよ、我慢できないよ、
優しさも、ええとこも、燃えちゃったよ、
もおおお我慢できないよ、終わりだよ!
別れる!バイバイ!
みたいな?
知らんけど(笑)
てね。
uematsu Post author
きゃらめるさん
そんな感じでした。
そして、そんな感じは僕もわかります。
なんだろう、ああ、あれが限界点だったのか、という最後の一線があるんでしょうね。
知らんけど。