中高年は省略しつつキレている。
キレる中高年という話題がときどきワイドショーや雑誌などで取り上げられている。確かに、僕が関係している学校の先生方でもキレる先生は多い。学生から聞くと、それはもう怒っているとか叱っているとかいう感じではなく、前触れもなく「キレる」という表現がピッタリなのだそうだ。
この間、電車のなかでキレる瞬間を見た。僕よりも少し上、おそらく60代の前半くらいのように見える男性だった。都市部へと向かう電車のなかでの話だ。
朝の通勤ラッシュの時間を1時間ほど過ぎたあたりだったので、車内は比較的空いていた。空いてはいるが、座席は埋まっている。ドア付近に立っている人も何人か、という感じだ。僕はドア付近のスペースに立っていた。で、車内の方を向いて立っていたので、座席に座っている人たちがよく見えた。
座っていたのは若いお母さんが二人。その間に幼稚園くらいの男の子と女の子が二人。おそらくママ友というやつだろう。ママ友が一緒にお買い物に行くのに電車に乗りました、という様相を呈している。並びとしては、ママ、女の子、男の子、ママ、という感じ。そして、その横に60代前半の男性が座っている。
二人のママは、子ども二人を間にしながら楽しそうに会話している。二人の子どもは頭の上でママ同士が話すのが鬱陶しいらしい。「ねえ、聞いて」と子どもたちが言っても、ママは会話に夢中で聞いていない。そのうち、子どもたちがぐずりだし、勝手に車内を歩き出した。それでも、ママたちは子どものことなど放置して会話を続けている。
僕はそんな様子を見ながら、自分が子どもの頃、車内を歩き回ったりしたら、母親でも父親でも絶対にきつく叱られていたなあ、と思っていたのだった。父親だったら、ビンタくらいされたかもしれない。とにかく、嘘をつくことと人に迷惑を掛けることに関しては、おそらく親も学校の先生も、そして、時には友人の親にでさえ叱られたものだった。
それがどうだろう、自分の子どもが車内を走り回っていても、ママたちは知らんぷりだ。となりに座っていた男性は、ときどきママたちをにらみつけたり、咳払いをしてなにかアピールしている。その気持ちが手に取るようにわかる。「わかる、わかるよ。別に自分にぶつかってくるとか、そういうことではないんだけど、なんか腹が立つね」と僕は心の中で男性に共感している。この場合、腹が立のは子どもたちに対してではない。子どもたちを放置している母親に腹が立っているのだ。
僕は本を読んでいたのだが、もう本の内容なんてまったく入って来なくなっていた。男性の気持ちになってしまっているのだが、それでも男性がキレることを望んでいるわけではない。できれば、次の駅で親子連れが降りてくれたり、母親が急に気付いて子どもを注意してくれたり、なんなら子どもたちが急に走り回ることに飽きてくれればいいのに、と思っていたのだ。しかし、そんな奇跡は起こらなかった。子どもたちは走り回り、ママたちは大声で話し続けていた。
その時だった。男の子のほうが男性の膝にかなりの勢いでぶつかったのだ。ドン、という音がして、男性が「うっ」と唸り、男の子が「ギャー」と泣きだした。すると母親が「うちの子を蹴りましたか」と言ったのだ。
な、な、なんだと、お前のところのバカ息子が勝手に当たってきたんだ。そして、なんならそのバカ息子をほうっておいて、ベラベラしゃべっているバカ親がいちばん悪いんじゃないのかっ!と僕は思った。思って、男性の代わりに一言いってやろうかと思った。その瞬間だった。男性が立ち上がり、バカ親を指して「お前がいちばん悪い!」と叫び、持っていた新聞をその母親に投げつけたのだ。
い、いかん。これはいかん。あまりにも前段を省略しすぎている。そう思った僕はその母親に「息子さんが勝手にぶつかったんですよ」と説明した。「そんで、子どもが走り回らないように注意しないと危ないですよ」と言ったのだ。すると、その母親は「子どもですからね」と怖いを顔をして立ち上がり、ちょうどいいタイミングで滑り込んだホームへとママとも子どもたちを伴って降りていったのである。
中高年がキレるという理由はとてもよく分かる。自分たちが子どもの頃や若い頃とあまりにも価値観が変わってしまっていて、自分のほうが間違っているのか、と思わされるような出来事が多い。そんなことが積み重なると、いったい俺の人生はなんだったんだ、と思ってしまうこともある。しかも、こと子どものことになると、「お前らの育て方次第で、この子どもたちがひどいことになる」という妙な正義感も頭をもたげてしまうのだ。
その結果、目の前の出来事と、日々考えていること、ため込んでいることがひとつになって、「なんだこのやろ〜」という雰囲気になってしまう。今日の目の前も男性だって、ちゃんと説明すれば、まあ、バカ親は解らなかったとしても、周囲の人たちは「あんなバカ親相手しちゃだめですよ」という雰囲気になったかもしれない。けれど、急すぎるのと、新聞を投げるという直接的な行為と、言葉足らずが相まって、周囲からは「これがキレる中高年か」と思われてしまったような気がする。
まあ、邪魔くさくて省略したくなる気持ちもすごく分かるけどね。
植松さんとデザイナーのヤブウチさんがラインスタンプを作りました。
ネコのマロンとは?→★
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在は、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師も務める。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。サイト:オフィス★イサナ
★これまでの植松さんの記事は、こちらからどうぞ。
Jane
もしその男性がどこかにこの日の出来事を書いているとしたら、植松さんは救いの神として登場ですね!植松さんがそうやってしゃべってくれなければ、彼の気持ちはおさまらなかったに違いありませんし、そのママだってひょっとしたらもっとすごいことを言い出したかもしれません。植松さんのもたらしたインパクト大。
uematsu Post author
janeさん
いやいや、僕は僕で、
そのバカ親に腹が立ってましたからね。
その男性がいなかったら、
僕がキレてたかもしれません(笑)