自分の人生を年表みたいにふりかえれる面白さ&対談「最高の離婚」がはじまります!
長崎に住む姉が、電話で「私の人生って男性に縁は薄かったけど女友だちにはずっと、すごーく恵まれている。これはこれでよかったんだな、幸せだなあと思う」と言っていました。姉は、退職してから故郷に戻り、得意の歌やピアノを生かしてコーラスサークルをかけもちし、わきあいあいと楽しく過ごしています。何もない日は、大好きな韓ドラを見ています。
この「自分の人生を年表みたいにふりかえって評価する」という行為、自然とできるようになる年齢がくるんじゃないかと思います。いま、人生80年の時代だとすると、40歳ではまだ半分。そのころは「これまで生きてきた時間とこれから生きる時間」がほぼ同量なので、「ハーッとため息をついて、今後の道のりを考える」が実感じゃないでしょうか。ふりかえって過去を評価する時間も精神的ゆとりもなくて当然。これまでの道を振り返っても失った若さばかりが胸に迫って切なくなるし、このまま前だけを見ておこうという気分になったりもするし。
これが、姉のように60歳を超えると「4分の3が過去、4分の1が未来」です。自分の過去を年表のように広げ、それぞれの時期の出来事と自分自身を冷静に振り返られるようになるんじゃないかな。…なんて勝手に想像しているのは、私も52歳になって、その感じがちょっとわかるようになったからなんです。姉が自分の人生に対する評価を変えたように、私も少しですが変えつつあるんですね。たとえば、20代から30代まで夢中になっていた演劇についてずっと「挫折」だとマイナスにとらえていましたが、いまは、「楽しかったな」「面白かったな」「あれ、やっといて本当によかったな」に変わりつつある。ビックリです。想像もしてなかった。
自分という年表を、ヒマな時にいろいろな角度から眺めてみて、その時期の面白さや大変さ、集中度、がんばり度なんかを比較すると面白いです。そうすると自分という人間の「傾向」も見えてきて「ああ、私ってこんな人間だったんだあ」とわかってくる。20代の私は、フリーターで、アルバイトは無断で休むし、遅刻魔だし、世間的に見るとサイテーな人間でしたが、今は、そこにあった「必死」がわかる。「ああ。年表のなかでも最大にがんばっていた期間だよ」と当時の自分をほめてあげたいです。
ときどきは自分の年表を広げ、いま、混沌と葛藤のさなかにある若い人たちに思いをよせたい。いろんな人たちを常識で断罪しないために、そうしたいなあとも思います。若いときってがんばりが内向しちゃって「社会的役立たず」として現れるんですよね。少なくとも私はそうだった。自己嫌悪の泥沼のカタチが「怠惰」でした。
先々週にお知らせしていたイラストレーター・小関祥子さんとの対談「最高の離婚」、明日、連載がスタートします。はい、連載なんです。3話程度見てじっくり話す、を繰り返すのです。初回のテーマは、「さりげなく、こういうことするが散らばっている。」ドラマを見ていない方にも楽しんでもらえるよう、細かすぎる解説を加えてみました。読んでいただけたら、うれしいなあ。
プリ子
「最高の離婚」、評判は聞いていたのでいつか絶対見ようと思っていたのですが、
スペシャルがあることを全く知りませんでした。とほほ。
連載楽しみです! ばっちり予習して臨みたいので、詳細にお願いします^^
人生年表の件は、半分地点の自分にとってはすごく救いに感じます。
演劇時代のお話もいつかお聞かせくださいね。