オバフォーらしく「介護」に向き合いたい。今週木曜から対談企画をスタートし、イベントも開催します。
こんにちは。カリーナです。
犬の散歩に大きな公園に行くと、木立のなかを若き大学生アスリートたちが次々に走り抜け、舗装された道をリハビリ中の高齢男性がゆっくりとウォーキングしています。女性のリハビリウォーキングを見かけることはまれで、ほとんどは男性です。その横に妻と思われる女性が静かに付き添っていることもあります。
人は年をとるにつれて暮らしのあらゆる場面に「介護」というケアが表われます。自らのリハビリのためにひとり懸命に歩く男性たちは、自分自身を介護しているともいえるし、さらなる介護を予防しているともいえるでしょう。
男性に付き添う女性は、もしかしたら親御さんの介護と同時並行かもしれません。実の、もしくは義理の両親の介護、配偶者の介護、そして傍目からはわからないことも多いですが、子どもや兄弟姉妹の介護をしている人も多くいるのです。わたしのように「いま、介護をしていない」という状態は、たまたま、仮の状態なのですね。いずれ、自分自身が介護される身になることも想定すれば、だれにとっても介護は自分事です。
ときに「大変だね」「偉いね」と言われ、敬いと優しい言葉で孤独のなかに置かれる介護。(わたしもこんな記事を書いていました→賛辞の言葉で、相手を「『偉い』の檻」に閉じ込めたくない。)ミカスさんが、「ミカスの今日の料理 昨日の料理」で手間のかからない独創的な料理とともにときに笑い飛ばすかのように、ときに弱音をもらすように語ってきたのは、その「孤独のなかに置かれる介護」当事者の思いを、できるだけフランクにわかちあいたいという切実な願いだったと思います。
一昨年のオバフォー祭りでは、介護について語るミニトークも開催しました。そのとき、短時間ではあったものの確かな手ごたえを感じていた(参加した方のメールをご紹介しています)こともあり、今年7月に、オバフォーらしく介護について語りあう「おしゃべり会」のようなものを開催することになりました。具体的な日程などは決まり次第お知らせしますね。
どんな会にしたいのか、どんな時間にしたいのか、私たちの思いをより詳しく時間をかけて伝えるために介護当事者であるミカスさんと月亭つまみさんの対談「介護の言葉」を連載します。今週の木曜日からスタート。冒頭からこれまでにないキーワードが出てきます。このキーワードこそ、わたしたちが大切にしたいものであり、非難も否定も美化もしない、というコンセプトを象徴しています。いま、介護のさなかにある人も、うっすらと心配している人も、そうでない方にも読んでもらえたらうれしいです。ぜひ、記事へのコメントやメールで体験や思いを寄せてください。イベントの内容に生かしたいと思います。
そして、今日は、KEIKOのデコボコな日常 の日。KEIKOさん、プリンターのインクが切れそうになりました。どの色が切れてのか?視覚障がいをサポートするアプリの頼もしさ、それをより一層便利なものにするわたしたちのちょっとした手助けについて。いつもながらの明るい文章をお楽しみください。
今週もオバフォーは、土曜日まで更新しています。「いどばた。」のカラオケ18番、みんないろいろ語っています(わたしもコメントしています)。よもじ猫やカレー記念日もよろしく。投稿お待ちしています。
いまねえ
こんにちは。
一昨年のオバフォー祭り、ついこの間のような、随分前のような。
あの時介護の足音が聞こえ始めた我が父はあっという間に
要介護5となり、特別養護老人ホームに落ち着きました。
母は生まれて初めての一人暮らしとなり、
義父の入院と最後の日々への一族一同の覚悟と備え、
そして目下最大の課題である、義母の認知症への対応。
どちらの親とも同居ではない私ですが、
これほど事が動くときは一気に進むのか、と驚いています。
家族間の問題も表出して、不謹慎ながらドラマを見ているみたい、
なんて思う時もあります。
ミカスさんとつまみさん、どちらも言葉がドアップにならない
距離感にどんな対談になるかしらと楽しみです。
イベント企画も有り難く楽しみにしています。