ワッショイ娘とギョーシャ男の、どうしようもない愛について。
みなさま、ごきげんよう。月に一度の御目通り、恐悦至極に存じます。あなたのしもべ、じじょうくみこにござります。どなたさまも息災でいらっしゃいますでしょうか。
それにしても、月1ペースで書いておりますと環境の変化がよくわかるものですね。この崖待ち第3シーズンが始まった2月頭には、まだ遠くにうっすら影が見えるくらいだった新型肺炎。次の3月頭には明らかな脅威となって全国の学校を休校に追い込み、4月頭にはオリンピック延期、緊急事態宣言の発出。そしてゴールデンウイークを間近に控えて、浮き足立っているはずのいま。
シマ島にはひとっこひとり、おりませぬ〜(泣)
まさに坂道を転がり落ちるローリングストーン。1ヶ月後に世界がいったいどうなっているのか、想像もできなくなっているこの世界でできることといえば
生きろ、そなたは美しい、なんつうわけでですね、家にいるだけで世界を救える勇者になれるわけですから、とにかくそーっとじーっと息を殺して静かに生きていきましょってわけですね、今回はそんな静かな黄金週間にふさわしく
人生で一度もじっとしたことのない、或る女子の話をしたいと思います。
シマ島は本土から遠く離れていて交通アクセスも悪く、おしゃれなリゾートホテルも素敵なレストランも1軒もない、いたって素朴な離島です。それでも海が輝く春から夏にかけてのシーズンには、本土からそれなりに観光客がやってきます。
夏の島にやってくる客というのは、まあなんというか、いろんなところがゆるむわけですね。きれいな海に惑わされて、恋に落ちやすかったりもするわけですよ。そうするとですね、島の空気を味方につけて島の男たちはここぞとばかりに女子たちを口説きにかかるわけですね。
最近の10代20代の男子たちはそんなエネルギーもないのか、よくも悪くも優しくて奥手の子ばかりなんですが、これが30代以上、特にオバフォー世代になると一気に「島の男子が観光で来た女子とつきあって結婚」というケースが急増。そんなわけでシマ島で働いている女性の多くは、島外から嫁入りした女子なのでありました。
アカリも、そんなお嫁さんのひとりです。
20代で島でナンパされてデキ婚というベタすぎる展開でシマ島にやってきたアラサー女子のアカリは、名前の通り、そこにいるだけでパーっと空気を明るくするタイプです。
お祭り大好きで、神輿が出ると聞けばすっ飛んで行き、法被にねじり鉢巻で男衆と一緒に神輿をワッショイ。
誰とでもすぐに打ち解けて、カッカッカッと大声で豪快に笑ってワッショイ。
楽器をやらせれば迷いのないきれいな音を出すのだけれど、曲が覚えられないとすぐに泣きべそになり、でもちょっとでも褒められると笑顔でワッショイ。
子供に想像を絶するキラキラネームをつけるアレな母ではありましたが、生命力のかたまりみたいな奔放なワッショイ女アカリは、ネクラなオバちゃんにはちょっとまぶしくて、少々あぶなっかしい存在だったのでありました。
そんなアカリについて、黒い噂が立つようになったのは秋の終わりのことです。
お酒が大好きなアカリは、少し前から小さなバーに入り浸るようになり、やがて自然な流れでバーで働くようになっていました。夏の観光シーズンが終わると、シマ島には潮がひくように人がいなくなり、飲食店もほとんどが店を閉じます。そのバーだけが島でも数少ない、冬でも遅くまで飲める貴重なお店として賑わっておりました。
なぜ賑わうのかというと、「ギョーシャさん」がいっぱいいるからです。観光客がいなくなり、海が荒れて船がしょっちゅう欠航する厳しい冬が来ると、島の住人以外で島にいるのは工事を請け負う外注の技術者だけになります。
日帰りができない島なので、彼らは数ヶ月、長いときには年単位で民宿に住み込みながら働きます。オフシーズンに島の経済を潤してくれる彼らのことを、島の人は「ギョーシャさん」と呼んで大事にするのですが、それでいて島の人とギョーシャさんの間にそこはかとない緊張感があることに気づいたのは、シマ島で暮らし始めて2〜3年経ったころのことでしょうか。
というのも島に来るギョーシャさんというのは、ほぼ100%が男性です。しかも彼らの多くが家族や恋人を本土に置いての、単身赴任です。そしてシマ島には、そんな彼らを癒してくれるようなオネエサンのいるお店はありません。そうなると何が起きるかというと、
ギョーシャさんと島の奥さんがよろしくない関係になる
ということのようで…。
「だいぶ前に大きな災害が起きて、集落をつなぐトンネルが崩れてしまったことがあったんですよ。集落ごと孤立してしまうので、1日でも早く道路を復旧せねばということになって、大量のギョーシャさんが島にやってきて短期間でトンネルを完成させたんです。
とにかく大規模な工事だったので、島の飲食店では大勢のギョーシャさんの食事をまかなえず、仮設の食堂に島の奥さんを総動員で投入して毎日3食出していたんですよね。
そこまではよかったんですが、あろうことかギョーシャさんと奥さんが次々とつきあい出しちゃって。浮気だけならまだしも、駆け落ちして島を出る奥さんが続出しちゃったんです。くみさん知ってます? 1丁目のあそこの奥さんも、角のあのうちの奥さんも、みんなそれで出て行っちゃったの。
これはイカンぞ人妻を守れってことになって、奥さんは全員食堂勤務を辞めさせられて、かわりにマユミさんが親方になって食事を取り仕切るようになって。マユミさん、知ってます? 鬼みたいにおっそろしいババアですよ。それでも工事が終わるときには、私が知っている限りでも10人は奥さんがギョーシャさんと島を出て行きました」
と友人のタオちゃんから聞いたときは
ちょ、いつの時代の話よ!?
と驚きしかありませんでした。そういえばわたしが島に来たころ、ザビ男と一緒に歩いていると「ザビも奥さん大事にしなさいよ〜逃げられちゃうよ〜」なんて言葉をよくかけられていたんですが、そんな意味が含まれていたのかと思うと軽く寒気を覚える今日このごろ…。
話をアカリに戻しましょう。
彼女がバーで働き始めて半年ほどたった年明けあたりから、見知らぬ女性が島の中をウロウロするようになりました。こんな時期に女性のひとり客は、それでなくても目立つもの。しかもその女性はお店に入っては「アカリという女性を知っているか」と島の人に聞いて回っているというのです。彼女の話を総合すると、こういうことでした。
「自分のダンナがギョーシャとしてシマ島に滞在しているが、以前は連休があると帰ってきたのに最近は全く帰ってこない。おかしいなと思って調べてみると、どうやら島のバーで働いているアカリという女と浮気をしているらしい。どうかダンナを返してくれないか」
そんな話を触れ回っている奥さんもアレですが、どうやらアカリがギョーシャの男とつきあっているのは本当らしいということがわかってきました。そしてアカリが過去に何度もやらかしていて、島の人はみんなそれを知っているということも。
島外の男とわかりやすくデキちゃうアカリ。そういうアカリと別れない夫。そんな夫婦に慣れっこの島民。いやこれどうなん? と胸くそ悪くなってきました。そして当のギョーシャ男とアカリは浮気がバレても一向に悪びれる気配もなく、ついにヒートアップしたギョーシャの奥さんが
SNSでアカリの実名と写真とコトのすべてをさらす
というスキャンダルをぶち上げたのでありました。
やがて時は流れ。
一時は難を逃れて他の島にいるという噂もあったアカリですが、先日いつものスーパーに行くと、なにごともなかったようにレジに立って笑っていました。聞くところによると、「夫と別れてくれ。さもなくばこの島を出て行け」と奥さんに詰め寄られたアカリは
「アタシはこの島で生きていくから、出て行きませんよ。あなたのダンナさんとはとっくに別れているし、そもそもダンナさんのほうがあなたと別れたいって言ったんですからね」
と言い放ったとか言わないとか。そしてどちらの夫婦も、なにごともなかったかのように元さやにおさまり、元気にステイホームしているそうです。いやはや、すごいなオイ。この一連のスキャンダルの何がすごいかって、
すべてがコロナ禍で行われている
ということです。世界中が生きるか死ぬか、自粛だ休業だとせっぱつまっている中で、ここシマ島では惚れたはれた、やったやらないっていう丁々発止のやりとりが繰り広げられていたわけで。
ああ男と女ってどうしてこうも愚かで生々しい、どうしようもない生きものであることか。
どんなに苦しい時期だって、おなかはすくし、恋もする。ウイルスに負けるなんてくそアホらし。わたしたちもたくましく生きてまいりましょう。それではまた6月に、元気にお会いいたしましょう。それまで崖のところで(マスクしながら)お待ちしています。
シマ島のじじょうくみこでした。
text by じじょうくみこ
illustrated by カピバラ舎
*「崖のところで待ってます。」は毎月第1土曜日更新です。次回は6月6日の予定です。
ゴールデンウイークどこにも行けないしやることないわ〜というあなた、暇つぶしに『崖待ち』まとめ読みいかがですか〜→『崖のところで待ってます。』
↓
☆第3シーズン(2020年2月〜)
3-3 狂乱の春、シマ島は今日も嵐です。
☆第2シーズン(2017年10月〜12月)
2-1 ハーフセンチュリーは、嵐の季節。
2-3 恋わずらいみたいになって、あのひとにメールを書いた。
2-5 島暮らしってサバイバル。だって、ハブとマングースのはざま。
2-8 島にいたって、人生は過ぎゆく。
☆第1シーズン(2016年7月〜2017年2月)
1-2 たくましくなったこの腕で、いざ地獄のケロリンツアー。
1-3 とある四十路女が民泊ってやつをやろうとしたら地獄が待ってた。
1-5 ああ無情、魔性の森がオレを呼ぶ。
1-6 リアルポケモンぞくぞく登場、そして暴れ出すわたしの未来。
1-7 ゴフジンさんが、暴れてまして。
1-8 シン・ゴフジンラと、ドクターK。
ヤダぜんぜん時間が埋まらないわヒマだわ、というあなたはこちらもどうぞ。
*第2シリーズ『じじょうくみこのオバサマー』(2015年8月〜2016年4月)
もうこうなったら全編読破しないと気が済まなくなってきたわ? という完璧主義者のあなたは、このさいこちらで。
*第1シリーズ『崖っぷちほどいい天気』(2013年5月〜2015年7月)
爽子
GW前に更新されるとほぼ同時に食い入るように読みましたが、二度三度、おいしく読ませていただきました。
奔放なアカリさんの、ゆるぎない体幹に圧倒される思いでおります。
こういう人しか、不倫はしてはいけないのです。
年だけいたずらに重ねましたが、こういう方には、勝ちようがありませんね。
鮮やかな切り返しも素敵。(ほんまかいな
さかのぼって読むじじょくみ大河ドラマは、私蔵図書の特等席に。
登場人物が濃くて大変好ましいのです。
シマ島に、以前の賑わいがいつの日か戻ってくることをお祈りいたしております。
じじょうくみこ Post author
>>爽子さま
コメントありがとうございます〜( ´ ▽ ` )
胃もたれするようなキャラばかりで、あいすいません!?
シマ島に来てからというもの、「人間って」と考えることが多いです。
つまりは、疲れます(笑)