『いまからでも楽しい数学』顛末記・最終回
川勝先生から食事でも、という連絡があり、大阪梅田へひょこひょこ出かけてみたりする。こっちこっちと言われるがままに付いていくと、なにやら上品な店構え。
「いらっしゃいませ」と着物姿の酸いも甘いも噛み分けたような女性が迎え入れてくれて、ネクタイにスーツの男性が「お足元、お気をつけください」と声をかけてくれたりする、そんなお店。
いやいや先生、このお店はあれですよ。それなりにお高いお店ですよ。ほら、僕らがいつも行く『月の雫』とか『庄屋』とは違いますよ。大丈夫ですか。
「うん、そやねん。そこそこしよんねん」ということで、奥へ奥へとずずずいーっと。
お高いとは申しましても、お昼時のこってございます。あんさんがたのことでございます。まあ、諭吉さんに登場願うまでもないくらいかなあ、と思っておりましたら、ま、予想通り、諭吉さんはまだまだ控えていただいて大丈夫。しかし、英世ではちと無理なのでございます。一葉さんにはぜひお出ましいただかなくてはなりませぬ。
先生、大丈夫ですか。ま、それでも松竹梅みたいなランクがありますので、こちとら、さすがにちと気を遣いまして、「え〜っと、先生、僕はこの竹みたいなやつにしようかと思いますよ」と伝えたところ、先生は、ちらりとこちらに視線を送り、そして、思い切ったように、着物姿の女性スタッフに告げたのです。
「こ、こ、この、ご、ご、ご、五千円のお膳を!」
ほほう。先生、今日は覚悟を決めてきましたね。なんの迷いもなく、いちばん高いお料理を即決だなんて、これはもういつもの川勝先生ではありませぬ。
ということで、話は「なぜなぜ」という疑問から。なぜ、僕にこのような豪華な食事を。
すると、先生は問わず語りに語り出したのでありました。
いやな、よめさんに言われたんよ。あんた、この本でどこを書いたのかと。でな、問題を考えたんやと言うたら、それをわかりやすく整えてくれて、あんたの考えをわかりやすくしてくれたのは、教え子で共著の植松さんやろと。で、楽しく読めるようにデザインして、あんたの顔をこんなシュッとしたイラストにしてくれたイラストレーターさんのおかげやろ、と。浮かれてないで、ちゃんとお礼してこんかいな!ということなんよ。
とまあ、「なぜ」という疑問はあっと言う間に氷解したのでありました。
そこからは、この本が発売されてから、教え子とか元同僚の先生とか、いろんな人から「おもしろいで」とか「読みましたよ」とか言われるんやと上機嫌の川勝先生。前回も書いた気がしますが、なんだかもう、本当に何度か挫折しかけたけど、この本を作ってよかったなあと思ったのでありました。
先生が「私は言葉で伝えるのがほんまに苦手やねん」と自分でもいうように、時々「いらんことい言いですか!」と思うこともあったけれども、いや、よかった。この本を一緒に作って、本当に喜んでもらって、なんかうれしい気持ちがこみ上げてきたのでありました。
さすがの僕も、いつもよりも少し感動していたのか、お店を出るときにこう言ったのであります。
「先生、ごちそうさまでした。また、近いうちに関西に来たらお食事にでも誘いますわ」と。
そしたら、先生の返事が「今度は、デザイナーの籔内さんにしかおごらへんで」って。
いやもうね、いらんこと言わんでええねん! 感動して損したわ!(笑)。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、オフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京神楽坂で暮らしてます。
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