道の仕事。その3
前回、最後の方に『女衒のようなオッサン』が登場したが、これは正確には『女衒のようなオッサン2号』である。少しわかりにくくなってしまったので、今週からこのオッサンを女衒2号と呼ぶことにする。
ということで、僕は大阪府南部の上下6車線の国道沿いで交通量調査の仕事を始めた。メンツは僕と女衒2号、そして、シンナーで歯の溶けたヤンキー(以下、シンナーくん)。
交通量調査の仕事で一番始めにやらなければならないことは、証拠写真の撮影である。いくらデータをお役所に提出しても、本当にちゃんと調査したという状況証拠がなければ許してはくれないのだそうだ。そんな説明をひとくされした後、女衒2号は僕とシンナーくんを道路の脇に呼び出し、パイプ椅子を三つ、車から降ろして並べた。そして、そこに僕たちを座られ、膝の上にカウンターをのせると、6車線の道路を車にひかれそうになりながら、向川へ渡り、なんだか場違いな一眼レフを取り出して三脚にすえたのである。
「よっしゃ、ほな撮るよ。みんな『ちゃんとカウントしてますよ〜』って顔してちょうだいよ!」
女衒2号はそう言うと、セルフタイマーをセットしてシャッターを押す。僕は一応真面目な顔を作ってシャッターが降りるのを待っている。隣を見ると、シンナーくんはさっきまでと同じようにヘラヘラと笑っている。女衒2号はこっちに渡って、一緒にパイプ椅子に座りたいのだが、急に車の往来が多くなり、渡りたくても渡れない。そうこうしているうちに、シャッターが切られてしまう。
「あ〜、あかんわ〜。惜しいなあ。もうちょっとやったなあ〜」
女衒2号はそう言うと、もう一度セルフタイマーをセットする。
「今度は撮るよ〜!みんな頑張ってな〜!」
頑張るのはオッサンである。そして、再び、女衒2号がこちら側に渡ってくる前に、シャッターが切れてしまう。僕は隣のシンナーくんに、「あれ、こっちにカメラ置いて撮ったらあかんのですか」と聞いてみると、「う〜ん、ええんとちゃうかなあ。けど、まあ、向こうからでもええんちゃうかなあ」とはっきりせん答え。何度か、チャレンジした後、女衒2号は急にカメラを担いでこっち側へとやってくる。
「そやそや、こっちで撮ったらええねや」
って、どういうことやねん。と思うのだが、この女衒2号とは今日が初対面なので、さすがにそんなことは言えなかった。
写真撮影が終わると、女衒2号が言う。「一番眠いの誰?」と。どういう意味なのかをはかりかねて黙っていると、シンナーくんが「はーい!」と手を上げる。
「おっ!ええのか。植松くん、それでええのか?」
ええのかもくそも、意味が分からない。「いいですよ」と答えると「そしたら、一番、植松くん!」と女衒2号が叫んで、シンナーくんを引き連れて、空き地に置いてある車の方へと歩き出した。僕はひとり、道路脇に止められた車に残されたのである。
「えっ? ぼ、僕はどうすればいいですか?」
「いやいや、数えたらええねん。いま夜の10時やろ。ひとり2時間な。それ以外は順番に仮眠や。2時間経ったら、僕ら二人のうち、どっちかが交代しにくるから」と言うと、そそくさと、車を離れていくのであった。
2時間ということは、深夜12時である。僕はホッとしたのだった。とにかく、一人ずつの作業なのだ。だとすれば、女衒2号ともシンナーくんとも顔を合わさずに、ただただ自動車をカウントしていればいい。僕はこの仕事をとても適当に考えていた。自動車をカウントすると言っても適当にやっていれば誰にもその正確な数字は分からないのだから、と思っていたのだ。しかし、そう思っていたところに、シンナーくんがコンビニの袋を手に戻ってきた。
「あ、自分な(関西人は時に相手のことを自分と呼ぶ)。できるだけ正確にカウントせなアカンで。この道路の下にな、調査用の鉄板が埋まっててな、自動車が通ると、その重さでだいたいの種類を判別して集計しよんねん。自動的に。そやから、あんまり数字がちゃうかったら、バイト料なしで、また48時間やり直しになるからな。がんばってや!」
マンガの本でも読みながら、適当にカチカチやっていればいいや、と思った僕は甘かった。こんな場所で、このメンツで、しかもボランティアでもう48時間交通量調査をやるのはゴメンだ。仕方がない、とにかく交代要員が来るまで、一人でできる限り正確にカウントするしかないのだ。
問題は、ちゃんとアイツらが約束した深夜12時に、ここにやってくるかどうかだ。僕はとても嫌な予感がした。さっき、コンビニの袋をぶら下げてやってきたシンナーくん。僕に缶コーヒーを一本くれたのはいいのだが、ビニール袋のなかには、なぜか大量の缶ビールが入っていたのである。女衒2号とシンナーくんはきっとビールを飲み始めているのだろう。それはいい。それはそれで構わない。し、し、しかし、アイツらはちゃんと起きてくるのか。
僕は嫌な予感に胃袋をギュッと捕まれたような気になり、ため息をつきながら前方からやってくるトレーラーをカウントする。「大型特殊1台!」と僕は言いながらカウンターを押すと、一人きりの車内に、カチッという音がことさら大きく響いた。
植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、オフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京神楽坂で暮らしてます。
★これまでの植松さんの記事は、こちらからどうぞ。
はしーば
ひゃー、「ワクワク」なんて言った私は人でなしでした。
植松青年の48時間の運命や如何に。
いえ、お話としては、その、大変面白いもので、やっぱり毎週楽しみにしてしまうんです(≧∇≦)
ゆるして〜。
okosama
この終わり方の、この感じは…NHKFMラジオのクロスオーバーイレブン(古い…)のスクリプトですやん!
ますます楽しみですわぁ(^^)
ところで、なんべん読んでも、ナンシーくんて見間違います(笑)
uematsu Post author
はしーばさん
僕はそれほどアルバイトをしていないほうだと思うのですが、
このときの48時間はいま思いだしても、
なかなかにしんどい48時間でした。
uematsu Post author
okosamaさん
今日と明日が出会うとき、クロスオーバーイレブン。しみずこうじです。
なつかしいですね、クロスオーバーイレブン。
僕が聞いていた頃は、パーソナリティが清水紘治さんでした。
大谷直子さんのご主人の。