フレンチトーストをつくる
子どもたちがまだ小さかった頃、僕は土曜日のブランチにときどきフレンチトーストをつくった。僕のつくるフレンチトーストは正確にフレンチトーストと言えるものなのかどうかは定かではない。なにしろ、僕のフレンチトーストは映画『クレイマー、クレイマー』でダスティン・ホフマンがつくっていたフレンチトーストだから。
卵を割ってボールでといて、そこに砂糖をいれてさらにかき混ぜ、食パンを浸してフライパンで焼く。ただそれだけ。
映画の中で、広告代理店で働きづめだったダスティン・ホフマンが妻のメリル・ストリープに出て行かれてしまう。まだ幼い男の子とともに2人暮らしになったダスティン・ホフマンが、子どもに言われるがままに作り始めるのがフレンチトーストなのだった。
最初は焦がしてしまったり、火傷をしながらつくっていたフレンチトースト。息子との2人暮らしが長くなるにつれて、だんだんとうまく出来るようになってくる。
映画の終盤、再び、父と息子が台所でフレンチトーストをつくるシーンが映し出される。父親が卵を割り、息子がかき混ぜ、食パンを放り込んで、再び父親がそれを焼く。分担作業が見事になされ、2人で暮らす月日の確かさを感じさせる。
そんな『クレイマー、クレイマー』を見ながら覚えた僕のフレンチトーストは、小さかった僕の子どもたちにも好評で、よく土曜日のブランチとしてねだられてつくったものだった。
ただ、適当なB級フレンチトーストなので、子どもたちも中学に上がる頃にはだんだんねだらなくなり、ほとんどつくらなくなってしまったのだが、いまでも家族がみんな出払っている土曜日の午後などに小腹が空くと、僕はこのフレンチトーストをつくるのである。
もちろん、その時、僕の頭の中には映画で繰り返し使われていたヴィヴァルディのマンドリン協奏曲を響かせながら。そして、1人で、卵と砂糖の甘い匂いをさせながらジューッと音を立てるフレンチトーストを焼きながら、家族のいない家の中で、家族を思いながら、ああなんだか幸せだなあと、思うのである。
1人でいるときのほうが幸せを噛みしめやすい、というのが家族というもののややこしさを物語っているような気もするけれど。
植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、オフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京神楽坂で暮らしてます。
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はしーば
同感です。
あの噛み締め感の正体は一体、なんなんでしょうね?
余計な騒音や感情が入り込まないから?とも違うし。
悦に入る感じ、に近いですかね。
uematsu Post author
はしーばさん
なんというか、幸せの味ですよねえ。