ピース又吉の芥川賞受賞を批判せずに批評する、のココロ。
お笑いコンビ、ピースの又吉が小説を書き、それが芥川賞を受賞した。
僕の周辺では「ありえない」「もう、芥川賞も落ちたね」など、罵詈雑言に近い言葉が飛び交ったりした。ネットでもしたり顔で「新しい才能だ」ととにかく先に誉めてしまおうとする人以外はかなり評価が低い。
僕はピースのお笑いがどのような種類のものなのか、あまり詳しく知らない。そして、このところ、芥川賞受賞作をこまめにチェックしていなかったので、『火花』という小説も手にしていなかった。
ところが、昨日、白山にある喫茶店に入ったところ、件の『火花』が置いてあったのである。早速、手にとって読み始めてみるとこれが面白い。まだ四分の一ほどを読んだところなので、明確に何かを言うことはできないけれど、とても確かな文体で、少なくとも力のない書き手が陥りがちな「わかってもらっているはず」という独りよがりな文章には出会わなかった。
一読して、初めての小説とは思えない、と感じるものだった。小説好きで、多くの小説作品を読んできたことが、彼の蓄えになっているのだろうし、おそらくお笑いという世界で様々なシチュエーションを形にしてきた、という下地があるのだろう。
そう考えると、ピース又吉の初めての小説は「面白いかも知れない」という期待に満ちた迎えられ方をしてもいいように思える。実際に、初出の文學界は創刊以来初めての増刷を出した。
しかし、である。小説が好きな人たちほど、ピースの又吉、又吉直樹の『火花』への態度はとても厳しい。「おもしろくないはずだ」「薄っぺらなはずだ」と文学に親しんできた人たちほど憎悪にも似た気持ちを隠そうとしない。
これは、きっとあれだ、と僕は思う。沢木耕太郎の父上は、自分よりも年下の小説家の作品を読まない、と決めていたそうだが、あれと同じなのではないかと。
結局のところ、自分たちよりも若いお笑い芸人が、小説を書いたことに対して、漱石や鴎外や太宰を敬愛してきた人たちが許しがたいものを感じているのだ。
画家の池田満寿夫が映画を撮ったときにも激しいバッシングがあったし、ビートたけしが映画を撮ったときにも、海外の映画祭で賞を獲るまでは過小評価されていた。
しかも、驚くべきことに、昨今のWEB上のレビュー記事には「面白くないから途中でやめたんだけど」と読みもせずに5段階評価の2を付けてみたり、「読んでいないんだけど、面白いわけがない」となんの根拠もなく一刀両断していたりする。
僕の周囲にいる人たちだって、読んではいないけれど、読む気もしないと、お笑い芸人の小説に拒絶反応を示すのである。
そこには「おもしろい、おもしろくない」という評価があるはずはなく、最終的には「どうでもいい」という対象をなかったことにしたい、という態度の表明しかない。または、お笑い芸人に小説を書かせたと言うことに対する批判しかない。
しかし、どれだけ嫌ったところで、又吉直樹の小説は世の中に出ているのだし、単行本は増刷を重ねている。
若い世代を中心に「なかったことに、したかったもの」は世界に浸透していく。その中には明らかに深みのないまがい物もあるだろうし、もしかしたら、あれやこれやの模造品が混ざっているかもしれない。それを見極めて、きちんと批評をするのが亀の甲より年の功の役割だ。
なのに、そんな役割を果たさなければならない亀の甲より年の功の世代は、なぜか若者に対するいらだちばかりを感じていて、批判ばかりで批評をしていない。そのことが気になって気になって仕方がないのだ。
ネットですぐに批判が出来る時代だからこそ、僕はきちんと読んで、見て、批判ではなく批評することを試みたいと思う。それが青春真っ盛りを過ぎて、次の世代を客観的に見ることができる年齢に達してしまった人間の責務だと思うから。
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サヴァラン
すみません。
わたしもまだ「火花」を読んでいないのですが。
5月放映の「サワコの朝」(つまり芥川賞以前)で又吉くんが
ざ~っくりこんなことを言ってました。↓
「2作目はどうやと言われるのはぼくの耳にはほとんど呪い。
なぜなら2作目は?とぼくに聞いてくる人は潜在的に
『どうせ2作目はおもろないに決まってる。だから2作目で判断する』と
思っているとぼくは思っているから。
でも、そういう性格のあまりよろしくないひとのことが
実はぼくはそうきらいじゃない。
でも、そういうひとのために2作目を書こうとは思っていない。
だから、とりあえず5作書く。
2作、3作、…5作と書いていく中での2作目と考えれば自由に書ける。
ぼくは基本的に書くのがいやじゃない。
書くのが好きなので、これから楽しみ」
このおしゃべりの前に
彼は「共感に媚びたくはない」とも言っていて。
わたしはこれを聞いて
又吉くんってとても面白いな~と思いました。
世の中には権威っていうものが潜在的に大好物なひとたちがいて
そういう方たちにとっては「本ー受賞ー権威」というのは豪華三点盛りなワケで
そしてまたこういう方たちは、パワーゲームというゲームの愛好家でもあるワケで。
ああ、又吉くん、彼らを刺激しちゃうよねー
嫉妬を買うよねー、大変だねーと
おばちゃんは老婆心で思うワケですが
上↑の彼の発言を思い出すと「又吉君、さっさと5作書いちゃえ!」と
うちわで風を送りたいような気持ちでいます。
だって。
そもそも文学って「権威」へのかえしっぺ
でもあったりするわけでしょ??
なんて^^
でもまあ
又吉君のパワーゲーム外しは
本業の方でも手練の技を磨いているでしょうから
どうかこのままのれんや豆腐でかわしていって欲しいな、と。
どんな年の取り方をするか。
わたしも好々爺好々婆とまではいかないまでも
いいもんはいい!おもろないもんはおもろない!と
よく見てよく聞いてから批評できる婆さんになりたいと思います。
あ。文学界、買ってこよ。
uematsu Post author
サヴァランさん
ぼくも、その番組を見ました。
おもしろいですよねえ、又吉。
「又吉が芥川賞だなんて」と言ってる人の気持ちも
えらくわかるので、彼の言うとおり、
5作目まで楽しみに読みたいと思います。