やくざの筋が通るまで。
いつものようにスターバックスでコーヒーを飲んでいたのであった。
すると、少し前に捕まってしまった元プロ野球選手のキヨハラをグッと寸詰まりにしたような強面のオッサンが僕のすぐそばにやってきた。手に持っていたのはちょっと甘いやつのトールかグランデ。もりもりと白いやつが乗っかった新メニューである。で、その甘いのを持っている手の甲から二の腕にかけてギッシリと絵が描いてある。タトゥーなんて可愛い感じじゃなくて、もうもろにそちらの方。
そのギャップから目が離せなくなって、しばらく眺めていたのだが、そのちょいと甘いのを手に持ったまま、オッサンは店内を一周。そして、おもむろにスターバックスの店員が「オレンジのランプの下から商品をお出しいたします~」と言うオレンジ色のランプのカウンターに戻ってきたのだった。
「ちょっと、お兄ちゃん」
怒った声ではないのだが、ちょっと声がでかい。そして、妙に張りがある。この声を出し始めると、何かが起こる前兆だ。なんとなく分かるのである。関西人は経験上。
「ちょっと、お兄ちゃん。こっちへ来てんか」
言われて、スターバックスの男性スタッフが、絵人間とカウンター越しに対峙する。
「ちょっと、聞きたいんやけどな。
この店は、先に席を取っといて、飲みもんを買いに行くてな、
ずっこいことしたらあかんわな」
そこか、クレームは。席がないんやな、この絵人間。
すると、スターバックスの男性スタッフが答える。
「お客様、当店では先にお席を確保していただいておりまして」
「うん?そうなんか。いや、ちゃんと言うてくれてええねんで」
「はい。ですから。先に席を確保していただいて」
すると、絵人間はさっきよりも少し声量をあげる。
「いやいや、ちゃうねん。クレームやないねん。
もし、お兄ちゃんとこの店が、飲みもんを買ってから、席に座る、
というルールの店やったらやな。
わし、先に上着をちょいと椅子にかけて、
飲みもんを買いに行くてな、こずるい奴をボコボコにしたろか、
そう思っただけやねん」
言われたスタッフは当然、あわてる。
「お客様、お客様にきちんとご説明していなかったことはお詫びします。
ですが、当店では先に席を確保していただくことがルールになっておりまして」
「なるほど、兄ちゃん、わかった。
ほな、わしは、こずるいことをしている奴をボコボコにせんでもええわけや」
それを聞いて、絵人間の指さすほうを見ると、そこには営業用のバッグと上着で、確保された無人の席があった。そして、その主を探して注文用のレジを見ると、そこには騒いでいる絵人間のほうを見て、でも、決して目を合わせないようにして、呆然としている若いスーツ姿の男性がいるのだった。こいつだな、と僕は察知した。いま、絵人間にやられる瀬戸際に立たされているのは、このリーマンである。
「な、兄ちゃん。もし、この店のルールが、飲みもんを買うてから席につかなあかんのや、と言うてくれたら、わし、そのルールを破る不埒なやつをボコボコにしてもええわけやな」
すると、スターバックスの男性店員が三人ほど集まってきた。
「お客様、先ほどもお話ししたとおり、当店はお席をお取りいただいてから、商品をご購入いただいております…」
ベテラン、新人、中堅どころらしい男三人が必死で絵人間を説得している。すると、急に絵人間が、ニッと笑い出した。怖い人特有の押しの強い笑顔で、三人の男を順番に眺めてこう言ったのである。
「よっしゃ、わかった。それがこの店のルールなんやな。よっしゃ。これで筋が通った。それがルールならルールでええんや。わし、わからんかったからな。うん。これで筋が通った。それやったら、それでええねん」
「ありがとうございます」と、スタッフは泣きそうな笑顔で礼を言う。
「ほんで、あれやな。これからは、わしもちゃんと席を取って、それから、飲みもんを買いにレジのとこに並んだらええわけや。な、そやな」
「はい。そうしていただけますと助かります」
「よっしゃ、筋が通った。わしは筋が通らんことが嫌なだけや。クレーマーやあらへん。な。よっしゃ、久しぶりに気分ええわ。ほな、ありがとう。さいなら」
男は満面の笑みで言うと、甘いやつを手にご機嫌で店を出て行った。そして、その瞬間、別の席が一つ空いた。そこに座っていた女性が立ち上がったのだ。すると、レジの方から受け取りのカウンターへと進んできたスーツ姿の男は、慌てて、絵人間が指摘していた「先に小物を置いて席取りしていた席」から荷物を、今空いた席へと移した。おそらく、何かの気まぐれで絵人間が戻ってきたときに、その席に座っていたら危険だと判断したのだろう。
こうして、何事もなく、大阪の空の下、スターバックスコーヒーの午後は何事もなかったかのように過ぎていくのであった。果たして本当にこれで筋が通ったのかどうか、それは定かではない。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、神楽坂にあるオフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。
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アメちゃん
あー、面白かったー!
へたに関西弁のイントネーション(やーさんの…)が分るだけに
もんもんのおっちゃんのしゃべりがものすごい臨場感ありましたー。
きっと、そのもんもんのおっちゃんは
今までスターバックスやドトールでも
レジで注文している先客を追い越して席を確保する、というずっこいことはせずに
律儀に列に並んでたんでしょうねぇ。
これで、おっちゃんも筋が通せますね。
しかし、そのリーマン。
こっそり空いた席に荷物を移すとは、ずっこいですな。
uematsu Post author
アメちゃんさん
男としては、リーマンの立場になったら、こっそり荷物を動かすかもなあ、と思ったりもします。
だってもう、ほんと怖そうだし、一直線にやってきそうだし(笑)