大きな会社の笠智衆。
最近、取材で大きな会社に行くと、少し寂しくなる。
大きな会社と言っても、ほら、あのなんというか、六本木ヒルズに入っているとか、そういう会社じゃなく、インフラとかやっていて、役所のような堅牢な自社ビルを持っているような会社。もちろん、創業して百年とかそういう歴史を持っていて、終身雇用が大前提で、若手社員にいやがられながらもちゃんと社員旅行に行っているような、そんな会社である。
そういう会社に行くと、僕はいつも小津安二郎の映画に出てくる笠智衆を思い出してしまう。岩下志麻扮する娘に、帽子をひょいとあげて、「それじゃあ、父さん行って来るよ」と言い、娘に「いってらっしゃい」と見送られるあの笠智衆である。
昭和三十年代。僕がまだ生まれたか生まれてないかの頃の、映画の中で見る会社の人たちは、みんなちゃんとスーツを三つ揃いで着て、帽子をかぶって会社に出勤している。そして、まだ日の高い時刻に仕事は定時を迎えて、たまには焼き鳥屋に立ち寄って、ほどほどに酔っ払って、「いやだわ、父さんったら」とか言われ「いやあ、同じ部隊にいた誰それ君にばったり会ってしまったんだよ」とか答えながら、娘にスーツを脱ぐのを手伝ってもらって、よたよたと眠りにつくのである。
人間、朝の8時半頃から5時頃まで一生懸命働いたら、もういいじゃない。あとは、好きにしていいじゃない。その時間にどれだけ頑張って働くかと言うことが大事なのであって、それ以上に何かを望まなくたっていいじゃない。
もちろん、望んでもいい。だけど、望まない自由だってあったはずじゃない。でも、今の世の中はそれを許さない。インフラなどを扱っているような、こう言っちゃなんだけども、既得権ビジネス的な仕事をしているところ以外は、かつての大企業だって、生き馬の目を抜くような現実の中にさらされている。
そんなことを考えていると、いまの時代に笠智衆が生きていたら、本当に定年まで穏やかに暮らせていたのだろうかと思ってしまうのだ。小津映画のなかで、笠智衆が仕事のできる男を演じているのかどうかはわからない。でも、ちょっとした中間管理職に見えるし、若手にも慕われるいい人に見える。そんな人のいい笠智衆でも、もし今の時代に生きていたとしたら、よほど運よく既得権ビジネスに食い込んでいる会社に入社していなければ、きっと生きていけないんじゃないか。生きていたとしても、きっとものすごく苦労したんじゃないだろうか。そんな想像をするだけで、僕は泣けてくるのだ。
そこそこうまい定食屋が生き残っていけない国が幸せな国なわけがない。僕はそう強く思う。生き残るために、大きなところと合併して、社名を変えて生き残りを図る。そんなややこしいことは、本来のビジネスとは違う。経営という名のマネーゲームには辟易としてしまうが、でも、それを無視して今の時代を語ることはできないのだろうと思う。
小学校や中学校、僕がお手伝いしている専門学校だって、学生が在学中から「世の中に出たら」という言葉で脅かして、なだめすかして、社会人としての教育をしようとする。でも、本当は社会人になってからの苦労は社会人になってからすればいいのだ。だけどね、それでは潰されるほどに、世の中は厳しい。寛容ではない。優しくない。思いやりもない。それはわかっている。だけど、だからといって、そんな世界に送り出すために、「世の中に出たら」と急かすように促成栽培するくらいなら、一緒に悲しみの未来を見つめながら、「今を楽しめ」「今も真剣に生きろ」と寄り添って呟いてやりたい。
もしかしたら、そんなことをいま言ってくれる先生や上司や政治家がいたら、その人は笠智衆にとてもよく似た優しい目をしているのかもしれない。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、神楽坂にあるオフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。
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カミュエラ
ほんとに厳しい世の中ですよね。
昔はよかったなんて言うつもりはありませんが、「いやだわ、父さんったら」みたいに「しょうがないわねえ」的に許してもらったり大目に見てあげたりする余裕が、誰の心からも失われてきていますよね、残念ながら自分も含め。
これからますます厳しくなりそうな今の世の中で、我が子たちは生き延びていけるのか・・・・
庇護され何不自由なく生活している今、現実の社会の厳しさを話したところで彼らに響くはずもなく、まったく現実味もないようです。
強くなってほしいと願いつつ、母として笑顔で彼らを肯定し続けるしかないと思う今日この頃です。
uematsu Post author
カミュエラさん
今が駄目で、昔が良かった、と僕も思わないのですが、何から何まで自己責任で、と言われてしまう状況にはとても大きな違和感を抱きます。
うちの子どもたちを見ていると、子供は子供でこの現実の中で喜びや可能性を見出して、頑張っていくのだと思いますが、やっぱり親としては不安になりますよね。
人が人として、穏やかに暮らせる毎日。
金儲けがしたい、という人は必死に働いて、いやまあ、そこそこでいいよ、という人はそこそこ働く。
そんな普通の暮らしはどうすれば実現するのだろうと思う、今日この頃です。
はしーば
笠智衆みたいな上司がいたら、いや、上司じゃなくても身近な人であやれば誰でも。
きっと毎日、キリキリ、あくせくしていても、優しげな微笑みを思い浮かべては、どこかでふっと。
あー、いいなぁ。
uematsu Post author
はしーばさん
僕、ほんとに笠智衆さんが大好きなんです。
近所の古本屋さんにでも、上司にでも、隣の会社にでも、
笠智衆さんがいれば生きていける気がします。