社長はやっぱりえらいのだ。
28歳で個人事務所を法人化してから、30年近く肩書きが社長だった。取材などに行く名刺は「コピーライター」と書いてあったけれど、銀行の人とかと会うときのために、一応「社長」という肩書きの名刺も作っていた。
自分では28歳で社長というのはおこがましいし、ただの肩書きだと思っていたし、一緒に働いていた「社員たち」のことも正直「仕事仲間」だと思っていた。しかし、こっちはそう思っていても、あっちはそう思っていないんだな、と思ったきっかけは社員の退職だった。
会社を作ってまだ数年くらいしか経っていなかった頃。まだ、僕が30歳になったばかりの頃だったと思う。若い社員が2人、「今月で辞めたい」と言い出した。専門学校からの新卒で採用して2年ほど働いた女子と、中途採用して半年ほどだった20代半ばの男子だった。どちらもデザイナーで、仕事で相談し合っている間に仲良くなり、「将来は2人で飲食店を持ちたい」と夢を語り合っていたのが、にわかに夢から目標となり、「それなら2人して、すぐにでも知り合いの飲食店で働いたほうがいいかもしれない」と性急な行動へと繋がったようだ。
まあ、若い男女が付き合うのは仕方がない。夢を追いかけて転職したいという気持ちも分かる。僕が分からなかったのは、この2人がボーナスが支給されるまでその話をおくびにも出さなかったことだ。設立したばかりで現金がなく、銀行に相談すると、「信用をつけるために定期を解約せずに担保にして融資を受けてください。金利も安いから」という銀行お得意の口車。これに巧いこと乗ってしまい、現金を用意して社員に僅かながらボーナスを用意したのだ。そんな生々しい話も、狭い事務所の片隅で彼らは聞いていたのである。
それなのに、ボーナス支給まで待ち、その翌日に「辞めたい」というという気持ちは、いまならよく分かる。分かりすぎるくらい分かる。だけど、当時の僕は「いくら辞めると言っても、それまで一緒に稼いだお金をボーナスとして支給するんだから減額とかしないよ。どうして、ボーナスの支給を待って話をするのさ」と思っていた。
そうか、と独りごちたのは、数年経ってから。いくら、こちらが仕事仲間だと思っていても相手は労使関係としてしか見ていなかったのか、と。つまり、社長はえらい、社長の権限で何をするかわからない。だとしたら、いちばん安全パイをとらないと、というわけだ。
同じようなことが何度もあった。それがいやで、僕は今年になってフリーランスになったのだ。そして、気付いたのだ。僕もあの日、ボーナス支給を待って退職を願い出たスタッフたちと同じような気持ちになっていることに。いくら、仕事上は対等だと言っても、払う側と払われる側は違う。出来ることなら、穏やかにことを進めたい。そう思った途端に、相手の会社の社長はえらいのである。えらい存在なのである。
だからこそ、社員に、そして、取引先にも人格者でいる必要がある。そうか、ついつい、ボーナスの翌日に退職を願い出る社員や、給料日の直後にメール一本で辞めてしまうアルバイトを責める気持ちばかりを感じていたけれど、違っていたのだ。
やっぱり社長はえらいのだ。えらそうじゃだめなのだ。社員からもバイトからも取引先からも信頼される、本当の意味でえらい人でないと社長になってはいけないのだ。ちなみに、僕はもう社長には絶対になりません。はい。誓います。
植松さんとデザイナーのヤブウチさんがラインスタンプを作りました。
ネコのマロンとは?→★
「ネコのマロン」販売サイト
https://store.line.me/stickershop/product/1150262/ja
クリエイターズスタンプのところで、検索した方がはやいかも。
そして、こちらが「ネコのマロン、参院選に立つ。」のサイト
http://www.isana-ad.com/maron/pc/
植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在は、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師も務める。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。サイト:オフィス★イサナ
★これまでの植松さんの記事は、こちらからどうぞ。
ひらめ
痛みを伴うエピソードなのにお伝え下さって、ありがとうございます。
社長は人格者でないと…というくだり、「なるほどなぁ」と感心しました。
その立場になって、初めてわかることってありそうですね。
管理職の夫が「管理職だからこそ、自分を律しないと」と話すのを聞いて、私は「カッコつけちゃって」「自分が楽、を優先したらいいのに。要領が悪いのね…」と感じてしまう愚妻です。。
身近で壮年男子のお話を聞くことができないので、いつも楽しく読ませていただいています。
uematsu Post author
ひらめさん
コメントありがとうございます。
やっぱり、社長って器が必要だなあ、と思います。
無理してやると、本人も周りも不幸になりますね。
ご主人のような、自らを律して、と考える社長は本当に少ないですよ。
社長の次は国会議員になりたいなあ、なんていう人ばかりです。