カブト虫をとりに行く。
夏真っ盛りだ。といっても、コロナ禍によってお手伝いしている学校の授業は7月も8月も目一杯で、校長先生は「クラスターが発生したりどうしよう」と休日にもメールを送ってくるくらいに過敏症になっている。なるようにしかならない。ならないようにきちんと対応し、なったらなったできちんと対応する。これしかない。休日に講師全員にメールを送るような話ではない。妙な緊張が疑心暗鬼につながり、不信感に繋がってしまうのだから。
こんなふうに、コロナに実際にかからなくても、コロナは僕らの日常を蝕んでいく。ということで、いつもの夏を思い出す。無理矢理に思い出してみる。すると、思い浮かぶのは子どもの頃の虫とりだ。それも、たった一度だけ連れて行ってもらったカブト虫とり。
親戚のおじさんに酒飲みがいた。従兄弟がいたので、一緒によく遊んでいたのだが、その父親であるおじさんはいつもお酒を飲んでいた。時々、すわった目でにらまれるので怖かった。そのおじさんが、「カブト虫を捕りに行こう」と突然言い出した。おじさんの家で晩ご飯を食べた後の事だった。その頃の子どもは、特に男の子はみんなカブト虫が好きだったので、僕たちは大喜びだ。「いつ行くの?」と聞くと、明日の明け方だと言う。車で六甲山に行くと、カブト虫が嫌というほど捕れるのだとおじさんは言う。
興奮のあまり、ほとんど眠れなかった僕たちはおじさんよりも早くに目を覚ました。明け方の4時頃だ。前の晩、飲み過ぎていたおじさんは大きないびきをかいている。それを大騒ぎで起こして、僕と弟と従兄弟とおじさんの4人で車に乗り込んだ。
六甲山に着いたのはたぶん5時頃。夏だから日もすっかりあがっている。おじさんは時々、げっぷをしたり、大きなあくびをしたりしながら、いかにもカブト虫が潜んでいそうな場所を探す。山の中腹の駐車場から獣道のような場所へ足を踏み入れているのでおじさんは時々、転げ落ちそうだ。それでも、「嫌というほどカブト虫がいる」と言った手前、おじさんも必死で探す。1時間ほど探したが、結局、カブト虫はいなかった。
「うそつき」とつぶやいた従兄弟は横っ面を張られて転倒。僕らはだまって、車に乗り込んだ。道は渋滞していて、なかなか進まない。従兄弟はずっと泣いている。おじさんは服のポケットに入っていたキャンディをくれたりするが、それでも従兄弟は泣き止まない。やがておじさんは「人生はいろんな日があるんや。こういう経験がお前らを大人にするんや」と言ったきり黙り込んだ。
当時、僕が小学校の5年生くらい。弟と従兄弟が一つしたの4年生。まだ人生を語られても、なるほどと理解するような歳ではない。それでも、いま、そう言ったおじさんの気持ちはよくわかる。よくわかるけれど、少し哀しくなって笑いそうになる。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在は、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師も務める。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。サイト:オフィス★イサナ
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