電車の中でごろ寝する娘のココロ。
久しぶりに東京の地下鉄に乗った。平日の午後の少し早い時間だけれど、さすがに東京。それなりに混んでいて、座れる席はない。かといって立っている人もほぼいないくらいの車両の中で、僕はぼんやりと席を探していた。いつもなら、立ったままでいいやと思うところだが、その日は30分近く乗らなければならなかったので、座れるものなら座りたいと思ったわけであります。
ふと、少し先の座席に目を移すと、車両の端の3人掛けのシートに人の頭が1つしか見えない席があった。おお、空いているじゃないかと近づいてみると、空いてはいなかった。母親が端っこに座っていて、残る2人分のシートに幼稚園児くらいの女の子がごろりと横になっていたのである。しかも、靴を履いたまま。僕らの子どものころは、そんなことをしたら自分の親からこっぴどく叱られたものである。「外で寝っ転がるなんて、格好の悪い事をしなさんな」「人様が座るところに土足で上がるとは何事か」と、なんなら張り手のひとつもくらわされて泣かされたもんである。周囲の人もそれをみながら「そりゃ叱られるよ、ぼく」と言う目をしながら笑っていた気がする。
しかし、その母親はスマホを見続け子どもが何をしようが放置している。決して、子どもが寝っ転がっていることに気付いていないわけではない。それが証拠に、時折、席を求めてやってくるお年寄りにちらりと目をやって、自分の娘にもチラリと目をやって、再び素知らぬふりでスマホに目を移すのである。見るからに「おぬし、確信犯だな」とわかる。
さすがに、この親に苦言を呈しながら寝っ転がっている娘を起こして、その隙間に座るのは気が引ける。というか、娘が土足で座ったところに腰を下ろすのは嫌だ。そう思っていると、地下鉄は途中の駅に到着し、その親子の前の席が空いた。僕は底に腰を下ろしたのだが、そんな僕を娘が寝っ転がりながらじっと見ているのだった。
そこで、僕も娘をじっと見てやることにした。娘がチラチラこちらを見るので、僕も娘をチラチラと見てやる。あんまり目が合うので、娘は両手で目を隠した。隠した隙間から僕を見ているので、僕も娘から視線を外さないようにじっと見ていた。決して、怖い顔をするわけではなく、ただじっとその娘を見ていた。もちろん、瞬きをしないとか、そういう圧のかけ方はしない。ただただ、その娘が僕を見るのと同じくらいの頻度で娘を見る。それだけをほんの数分繰り返した。
すると、不思議なことに娘は寝っ転がるのをやめ、ちゃんとシートに座ったのだ。しかも、座るだけではなく、履いていた靴まで脱いだ。おお、君は寝っ転がるのはいけないことだと知っていたんだね。靴のままシートにあがることがいけないことだと知っていたんだね。娘が座ると、母親がスマホを見ながら言う。「まだ、着かないから寝てていいのに」と。すると娘は母に言う。「私もうすぐ小学校だから座れる」と。
見ようによっては微笑ましい場面なのかもしれないけれど、僕はなんだか絶望的な気持ちになってしまった。でもまあ、座ってくれたのは良かったけども。お母さん、スマホでゲームしてる場合じゃないよ。おたくの娘さんが、なんかいろんな岐路に立っている気がするよ。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。現在はコピーライターと大阪ビジュアルアーツ専門学校の講師をしています。東京と大阪を行ったり来たりする生活を楽しんでいます。
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Jane
私も昨日久しぶりに電車に乗りまして、行きも帰りも色々思うところありました。一応ソーシャルディスタンスを意識してか、というかもともとぎゅうぎゅう詰めで座るくらいなら立っている人が多い、シティから郊外へ向かう午後の電車内のことです。私は始発近い駅から乗って、3人の小さな子連れのアジア人のお母さんの座っている長椅子の反対の端に座りました。子ども達は別に行儀悪くもうるさくもありません、席に後ろ向きに膝立ちして窓を見るくらいのことはしていましたけれども。お母さんは赤ちゃんを抱っこしていて、お母さんと赤ちゃんが別々に座れば2席だけれども、お母さんは他の子供たちに駅名を教えるのに地図を指し示す為ほとんど立ちっぱなしで、その2席分は空いていたわけです。だんだん電車が混んでくると、そこにも席を探しに来る人が何人かいて、その空き席に最初は向かってくるものの、子供たちを見ると遠ざかっていきました。そのうち赤ちゃんがふぇんふぇん鼻を鳴らし始め、赤ちゃんを抱っこして座り、ケープで赤ちゃんを囲んで授乳を始めるお母さん。ケープのプリント模様が洗いざらしで色褪せていて、上の二人もこうやって授乳してきたんだろうなという事が伺えました。その小さな車両に座ったり立ったりしていた十人くらいが全員女性で、男性の乗客は自然な感じで通り過ぎていくだけ。私と赤ちゃんを抱いたお母さんの間の空いている1席に座ろうとする人もいません。誰も子どもに話しかけたりするわけでもないけれども、なんとなく皆で見守っているような、ほっこりした時間が流れました。そう私が感じただけかもしれませんけどね。
uematsu Post author
Janeさん
いい風景ですね。
みんなが優しく見守るような雰囲気がとてもいい。
ちなみに僕は公共の場で赤ちゃんや子どもが大きな声で泣いていても、うるさいとは思いません。お母さんが懸命にあやしていても、泣くときは泣きますからね。
ただ、子供が大騒ぎしているのに、見て見ぬふりをしている親を見ると、ちょっとイラッとしてしまいますが。