とかげ
今年の春先に山口県にとても短い旅をした。新幹線で新山口まで行き、そこでレンタカーを借りて決めてあった場所をいくつかまわり、決めていなかった場所もいくつかまわった。その決めていなかった場所の中に山口県立美術館があった。残念ながら到着したのが夕方で、その日はコロナ禍の影響だったのか閉館がはやく入館できなかった。
僕はヨメと二人でしばらく美術館の外観を楽しんで、記念撮影をしてさて帰ろうと駐車場に向かい始めた。その時、美術館の前にあった植え込みのコンクリートの上に小さな動くものを見つけたのだった。とかげだった。とかげは大人と子どもの中間くらいの大きさだった。僕はスマホのビデオを撮りながら、逃げられないようにそっと近づいた。とかげは逃げるどころか、一瞬、こちらに顔を向けて、明らかに僕が近づいているにピクリともしない。
もしかしたら、ケガでもしているのかと思ったが、時折、すばやく少し動く。動いては止まる。僕はビデオ撮りしながら少し追う。少し追うと、とかげは少し逃げる。逃げると僕が追う。追うととかげはまた逃げる。そんなことを繰り返していると、急にとかげがこちらに顔を向けて近づいてきたのだ。僕は不意を突かれてカメラが揺れる。揺れているカメラに向かってとかげがゆっくりと近づいてくる。そうやって、しばらく、とかげと僕は向き合ったままになった。小首をかしげるとかげはなかなか可愛い顔をしている。
どのくらいの時間、そうしていたのだろう。かなり長い間、たぶん三十秒から1分近く。ぼくととかげは向かい合ったままの時間を過ごした。そこで、僕は「やっぱりこの子は、怪我でもしているのかな」と思い始める。その時だった。とかげはくるりと身を翻して、草むらのなかに驚くような速さで消えていった。
子どものころから、昆虫や小動物が好きだったので、とかげも子どもの頃には捕まえたり、時には飼ってみたりもしたけれど、こんなに野性のままのとかげと見つめ合った経験はなかった。あのとかげが、普通のとかげではなかったのか。それとも、僕自身がとかげを惹きつけるなにかにあの瞬間なっていたのか。なんとなく、どちらもありえたような気がしている。そして、最後になるけれど、僕はとかげが好きなのだ。
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植松事務所
植松雅登(うえまつまさと): 1962年生。映画学校を卒業して映像業界で仕事をした後、なぜか広告業界へ。制作会社を経営しながら映画学校の講師などを経験。現在はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクターとして、コピーライティング、ネーミングやブランディングの開発、映像制作などを行っています。